玲太郎のコーヒー

 ここに至って、ようやく、晃が近寄ってきた。ずっと様子を見守っているだけだった晃も、ひと言フォローをしようと、玲太郎の両親の後ろから、ぬっ、と首を突っ込んできた。


「ね、どうでしょう。お父さん、お母さん。玲太郎君は、借金してまでお店のオープン準備を整えてしまっているんだから、いまさら後には引けない。もう彼は前に進むしかないんですよ。だったら、親として、そっと背を押してあげるくらいのことをしても、バチはあたらないんじゃないですかね」


 結局、父親のほうはまだ少し納得いっていないところもあったようだが、とりあえず一年は経過を見てみる、ということで、決着はついた。


 危うく仕事の話が無くなってしまうところ、なんとか回避出来て、藍子はホッとした。


 玲太郎の両親がいなくなった後、カウンターにもたれかかるようにして突っ伏した。


「もおお、こういうの勘弁してよ~。人を説得するのとか、苦手なんだから」

「す、すみません。僕のせいで、ご迷惑おかけして……」

「いいけど、疲れちゃった。コーヒーとか、飲みたい」

「ちょうど今朝から色んなブレンドを試していたんですよ! 遠野さんに味見してもらってて。その中で、一番美味しい、って言われたブレンドコーヒー、お出ししますね。ホットでいいですか?」

「うん、温かいのがいい……」


 湯気の立つホットコーヒーでも飲んで、早く気持ちを落ち着けたかった。


 ほどなくして、玲太郎が淹れたコーヒーが出てきた。


 さてお味は? と藍子はカップを手に取り、ゆっくりと、口につける。


 芳醇で奥深い豆の香りが、鼻をくすぐる。口の中に含んだ瞬間、軽やかな苦みが広がってきた。頭の中がスッキリしつつ、気持ちもリラックスしてくる、絶妙な味わいのブレンド。


「これ……すごく美味しい……」

「よかった。僕が一番好きなやつなんです。お店での主力メニューにしようかと考えているんです」


 続けてコーヒーを飲みながら、藍子は、この感じなら安心かな、と考えていた。


 玲太郎は、ちゃんと美味しいコーヒーを見分けるセンスがあるようだ。カフェをやる、というのだから、当然それくらいのことは出来てないとおかしいが、まったく勝算無しに店を開くわけではない、ということがわかって、よかった。


 これで心置きなく、このお店のために、デザインの仕事に集中出来る。


(さーて、他にどんな図案考えてみようかなー)


 ただひたすらに、作品作りに携われるのが楽しくて、幸せだ。

 藍子はカップを口元に当てながら、思わずニコニコと、破顔していた。

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