仕切り直し

「やれやれ……玲太郎一人だけの問題なら、さっさと諦めさせて、東京に帰ってきてもらおうかと思っていたが、もうすでに商売の話が進んでいるのなら、邪魔するわけにはいかないかもな」


 いい流れが出来つつある。あとちょっとで、玲太郎を説得に来た両親を逆に説得出来そうな状況だ。


「あの、よかったら、私の作った図案、見ていただけませんか?」

「図案?」

「はい、玲太郎さんのお店に施そうと思っている、加賀友禅調のデザインです。お父様、お母様も、いつかはお客さんとして、このカフェにお越しになるかもしれませんから。率直な意見を聞かせてもらえれば、と思うんです」


 これは、藍子の作戦だった。


 さっきから話をしていて感じたのは、玲太郎の両親は、割と話の通じる人達だ、ということだ。誠心誠意言葉を尽くせば、ちゃんと理解してくれる。


 おそらく、このトラブルの原因になっているのは、玲太郎のやり方がまずかったからだろう。もしも臆することなく、両親に対して、どうしてもカフェをやりたい、と相談していれば、ここまでこじれることは無かったはずだ。


 だから、いまからでも玲太郎の両親を巻き込もうと、藍子は考えていた。


「あら、この兎の絵、可愛らしいわね」

「ふうむ、面白いな。加賀友禅という名前は聞いていたが、どういうものなのか、あまり詳しくなかったからな。意外と、なんでもありなのか」

「もちろん作家によります。一般的によくイメージされるのは、四季折々の自然の風景を描いたものですが、伝統的に使われている模様もあったりしますし、作家によってはお客様の依頼に応じて猫ちゃんの絵を描いたりすることもあります。私の母は、また変わり者で、多くの友禅作家が売れ筋の作品を描いていた時期に、物語の世界とか、民間伝承とか、そういうものに根ざした図案を手がけていました」

「また、花一つ描くのでも、花びら一枚一枚、丁寧に描くのね……」

「これはまだ図案の段階ですから、実際に出来上がった作品は、こんなものでは終らないですよ。色が差されたら、もっと華やかなものになります。ほら」


 スマホで、他の作家の作品ではあるが、完成品の写真を見せてみた。加賀友禅の振袖や、留袖の数々。


 玲太郎の母親は特に、


「あら、いいわあ。こんなの着てみたいわあ」


 とうっとりした様子で、写真を眺めている。


「真剣、なんだな」


 ふむ、と玲太郎の父親はうなずいた。

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