彩色の弱さ
「遠野さんはそう思うんですか? 僕は、これ、大好きですけど」
「加賀友禅はもっと写実的であるべきなんだ。写真や絵画以上に、自然の情景の本質を捉えて、その世界観を反物の上に再現する。この上条さんの作品は、そもそも、何も捉えていない。地染めはさすがに別の職人がやっているのだろうから、いいグラデーションで、そこで全体的に救われているけど、ただ、肝心の花や枝の彩色が、ダメなんだ」
一気に語った後、晃は何かを確信するかのようにうなずき、さらにダメ押しのひと言を言ってきた。
「そう。上条さんが手がけたはずの、彩色の部分が、弱すぎる」
どこでその見る目を養ったのかわからないが、師匠の千都子とまったく同じ感想を述べている。
それは同時に、藍子の中に、辛い感情を呼び起こしてきた。
描いても描いても、どれだけ色を差しても、決して師匠に認めてもらえなかった、あの苦しい十数年間。
幼い頃は、何を描いても、みんな褒めてくれたのに……。
「でも、デザインはいいね。全体的にバランスがいいし、飾っても、着ても、映えるように描かれてる」
「ちっちゃい頃から、暇さえあれば図案作りをやってたから。人の作品のトレースもしてきた。そこについては自信あるよ」
「彩色は、どうして、得意じゃないの?」
「そもそも色を作ること自体、慣れないうちは一色だけで丸一日かかるほどだから、相当難易度は高いんだけど、それよりも、問題なのは、基礎の部分かな……」
筆を運ぶ技術や、色を作ることについては、素人からでもみっちり修行すれば、二年もあればちゃんとできるようになる、と藍子の師匠の千都子は語っていた。
だが、藍子の場合、技術面以前の問題だった。
自然描写が加賀友禅の基本であり、多くの作家は図案を作る前に、まずは草花のスケッチをすることから取りかかっている。当然、千都子も、基礎トレーニングとして、藍子にスケッチを命じていた。
それが、藍子には難しかった。十数年もかけて、子供もやるような写生レベルのことすら満足に出来ず、頑張って描いても、後から入門してきた綾汰と比べて写実性で劣ってしまっているほどだった。
幼い頃はスイスイと絵を描いていたのに、なぜ自然の風景をそのまま描写することすら出来ないのか、藍子は自分でも、理由がよくわからなかった。
「先生から指示されてきた基礎トレーニングをちゃんとこなせてなかったし、根本的に、向いてないのかもしれないね」
「まあ、そうやってすぐに決めつけるのは早いよ。上条さんに向いている上達方法があるのかもしれないし。とりあえず、デザインの話を進めようか」
「いま、描いちゃうけど」
と、藍子がサラッと言ったことで、晃と玲太郎は目を丸くした。
「え?」
「いまですか?」
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