藍子の作風

「兎をメインに、図案を描けばいいのね」

「はい。それか、泉鏡花の世界観でやっていただくか」

「そっちも出来なくないわ。全部じゃないけど、泉鏡花の小説はメジャーなところは何作か読んでるから」

「上条さん、本当に大丈夫かい?」


 それまで黙っていた晃が、横から割り込んできた。


「加賀友禅の図案の基本は、四季折々の自然描写、いわゆる花鳥風月だろ? 動物や、物語をコンセプトにしたデザインは、本来なら邪道だって聞いているけど」

「うん、ある時期の加賀友禅の世界では、ありえなかったかもしれないけど」


 藍子の母は「友禅の魔女」と呼ばれていた。


 それは、日本がバブル景気で浮かれていた頃、加賀友禅の売れ行きも好調で、多くの友禅作家が売れ筋となる無難な作品を生み出していた中、藍子の母だけは商売っ気なく、民話や物語をコンセプトにしたデザインの作品を次々と打ち出していたからだ。


 そういった、時代の流行り廃りによる事情で、王道や邪道は決まる面もある。


 だけど、厳密には、「加賀友禅だからこういう図案でないといけない」というルールはない。


「そこは別に自由だから。あくまでもクライアントが何を求めるか、の話。加賀友禅がたくさん売れていたバブル期なら、作家主導で作品は作っていたけど、今はほとんど売れないから、問屋さんから要望があったり、お客さんが直接『こういうデザインでやってほしい』って言ってきたら、受けざるを得ないんだ」


 藍子の母は、そういう客商売の概念すらも無かった、とは聞いているが。

もはや売り物として加賀友禅を作るのではなく、一人のアーティストとして、自由気ままに作品を作っていた。


 だからこそ、いまだ伝説的に語られているのかもしれない。


「実際、上条さんの作品って、どんな感じ? 何か見てみたいけど」

「うーん、これは結局売り物にならなかったし、師匠からはボロクソに言われてるから、あまり見せたくないんだけど」


 スマホの写真フォルダを開き、自分が修業時代に作った作品を、画面に表示した。


 付下げ(和服の一種)が映し出される。

 薄い黄色で地染めされた上に、桃色の花がところどころにあしらわれた、可愛らしいデザインだ。


「わあ、素敵ですね!」


 と、玲太郎が、作り手としては嬉しくなる反応を示す一方で、


「なんだか色が固いなあ」


 晃は厳しいことを言ってきた。

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