桐谷玲太郎
今日は平日だけど、藍子も晃も会社勤めではないから、自由に動ける。
さっそくカフェを開こうとしているという、依頼人のところへ、行ってみることにした。
遠野屋旅館から歩くこと二〇分ほどで、尾張町にあるオープン準備中のカフェに辿り着いた。
ガラスの張られた木製扉を開けると、そこはレトロな雰囲気の空間だった。
カウンター席が四席、テーブルが三つあるだけの、こぢんまりとした店構え。カウンターの上にはサイフォンが載っており、壁際の棚には蓄音機が飾られている。
全体的にあまり装飾は施されておらず、落ち着いた雰囲気になっているが、どこか物足りなさも感じる。
すでに店内で何か作業をしながら、依頼人は待っていた。
「遠野さん、ありがとうございます。ご無理を申し上げてすみません」
依頼人は、カウンターの奥で、深々とお辞儀した。
丁寧な言葉遣いに、物腰穏やかな態度。東京でサラリーマンをやっていた、と聞いているが、もしかしたら営業マンだったのかもしれない、と藍子は感じた。
まだ二十代前半という依頼人は、その年齢にしては完成された所作を見せているが、どこか大学上がりのあどけなさも残している。
「君の希望通り、デザインできる人間、連れてきたぜ」
「お忙しい中、すみません。僕は
名刺でも出してきそうな恭しさに、藍子はむず痒さを感じた。
自分は、頭を下げられるほどの身分ではない。
「上条藍子です。桐谷さんは、このお店に、加賀友禅風の意匠を施したい、と考えてるって聞いたのですけど」
「はい。僕なりに色々と内装については考えてみたんですけど、どれもしっくり来なくて。何かいいアイディアはないかな、と思って、市内を練り歩いていたら、たまたま友禅会館に行き着きまして」
「ああ、兼六園の近くの」
「そうです。そこで感銘を受けまして。加賀友禅の色彩がとても気に入ったんです」
「だけど、友禅って何を表しているのか、その特徴をわかっています?」
藍子は、玲太郎のことを試してみた。回答次第では、いくら作家未満の自分であっても、いや、作家未満であるからこそ、この仕事は受けられないと思っていた。
しばらくの間、玲太郎は考えこんでいたが、やがて答えを出した。
「糊置き……ですか?」
ぽん、と藍子は思わず自分の手を叩いていた。
合格だ。ちゃんと友禅の特徴をピンポイントで捉えている。センスはある。
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