夢とうつつの狭間にて
※ ※ ※
夢か、記憶か、幻か。
境界線のハッキリしない世界に、いつの間にか藍子は立っていた。
目の前には川。白雪が吹き荒れる中、澄んだ色でさらさらと流れてゆく。
その凍えるような水流に、一人の女性が膝の上まで浸かって、友禅の生地を洗い流している。
友禅流しだ。
「お母さん……?」
藍子は、女性に声をかけた。
川の中にいる女性は、藍子の母だった。母はこちらに気付くことなく、雪が舞い飛ぶ中、冷たさで手を真っ赤にしながら、生地を一心不乱に洗っている。
今では友禅工房に人工の川もあり、わざわざ自然の川で作業する必要もない、友禅流しの工程。
それに、母は下絵や色差しの工程が専門の、いわゆる「絵師」であり、いつもは友禅流しをする人ではない。
「どうして、そこまで出来るの?」
問いかけても、母は答えず、黙々と作業を続けている。
藍子は、気が付けば涙を流していた。
思い出した。
母はこういう人だった。
より自分の思い描いた通りの作品を生み出すためならば、自ら全ての工程に携わることもあった。
時として、一人の人間がこなせる仕事量を超えてでも、納得のいく作品が出来るためなら、我が身を顧みずに友禅作りに没頭していた。
だから、母は亡くなった。
一六年前、病に倒れて。
「お母さん!」
もう一度、藍子は母に向かって声をかけ、手を伸ばした。
そこで、現実へと、意識は戻ってきた。
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