ヤケ酒気分
さすがに周りの旧友達は焦り始めて、まあまあ、となだめながら、仲裁に入ってくる。
綾汰はクスクスと笑った。
「藍子さんは単純で楽しいなあ。じゃ、僕はそろそろ自分の席に戻るよ。工房の人達がお祝いしてくれてるからね。藍子さんよりも先に作家デビューした、この僕のために」
「ちょっと! 逃げる気⁉」
「皆さん、お騒がせしました。またの機会に」
引き止めようと手を伸ばす藍子を無視して、綾汰は素早い動きで座敷席から下りると、自分のいるテーブル席の方へと戻っていった。
なおも文句を言おうとした藍子は、綾汰が戻ったテーブル席に座っている、大柄な初老の女性の姿を見て、身を強張らせた。
いま、一番会いたくない人が、そこにいた。
彼女は、國邑千都子。綾汰の師匠である友禅作家。そして、かつて藍子が師事し、その下で修行したものの、厳しい指導についていけなくなり、逃げるように離れた人。
千都子と目が合う前に、藍子は自分の席の方へと、体の向きを戻した。
「もう、最悪っ!」
藍子はジョッキを傾け、一気に空にすると、叩きつけるようにテーブルの上に置いた。ハアアアア、と盛大に、禍々しい息を吐き出す。
「飲むよ、美鈴」
「へ?」
「今日はとことん飲むよ!」
店員を呼び、日本酒を注文する。心配そうに見守る美鈴を無視して、運ばれてきた宗玄大吟醸を、藍子は水のように一気に飲み干した。
さらに加賀鳶、天狗舞、と地元石川県が誇る有名な日本酒を次々と飲んでいったところで、藍子の記憶は途絶えてしまった。
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