時計の砂が落ち切る頃には(中編)

 気まずい沈黙を破ってくれたのは、ナリクだった。


「そういうことで魔法使うの、抵抗あるよな。そもそも惚れ薬の材料って、学生が簡単に買えるような素材じゃないし」


 ナリクの口から「惚れ薬」という単語が出て、心を見透かされたような気がした。実は、惚れ薬を買おうか迷っていたのだ……私がこの広場にいたのは、噴水を挟んで反対側にある露店を眺めていたから。

 最近、町中で流行りの惚れ薬がある。隣国から来た旅商人が魔法薬の露店を出していて、とても綺麗なお姉さんが売り子をしている。


『一滴たらせばときめいて、一さじ飲ませりゃ恋に落ち、一瓶そそげば運命の人。あなたの恋を叶える魔法、甘い甘い恋のお薬』


 お姉さんは、今日も綺麗な声で歌っている。おそらく中身はハーブエキスで、魔力を持たない人が使っても、自分が勇気を出すきっかけにしかならない。想いと魔力を込めれば惚れ薬になるという、使い手を選ぶ商品だ。


「あれ、買おうかなって迷ってたの」


 私がお姉さんへ視線を向けると、ナリクも彼女を見つめて、流行ってるよなぁと笑った。教室でも話題にはなっているのだ。実際に使った人の話は、まだ聞いたことがないけれど……まぁ、言えないよね。薬の力で恋人になったなんて。


「迷ってるのは、金額的なこと?」

「ううん、そうじゃなくて……人の心を魔法で変えちゃうのって、どうなのかなあって。あ、魔法使いらしくないこと言っちゃってるね、私」


 魔法薬の使用をためらう魔法使いなんて未熟者だ、という気持ちもある。もしも自分が仕える主人の命令だったら、私たちは迷わずに魔法薬を使わなくちゃいけない。

 だけど……自分が好きな人の心をあやつるなんて、とてもいけないことのような気がしてる。

 ナリクはうんうんと頷きながら、優しい声で「わかるよ」と言った。


「実は、俺もちょっと考えたんだよね……だけど俺の好きな子には、もう好きなヤツがいるんだってさ。その気持ち、踏みにじれないよな」


 打ち明けられた想いに、私の胸はぎゅっと締め付けられた。

 ナリク、好きな人がいたんだ。相手も貴族なんだろうな……だって普通、貴族は貴族としか結婚しないんだから。

 可能性のない恋に、ただのおまじないなんて効くわけがない。それがわかってるから、ずっと迷いを振り切れないままだ。


「ナリクは、もしも惚れ薬を自分に使われたら、許せる?」


 思い切って、聞いてみた。まさか私が本気で聞いてるだなんて、考えもしていないだろうけど……もしも許すと言うのなら、使っちゃってもいいんじゃないだろうか?

 ナリクはしばらく考えてから、うううん、と難しい顔でうなり声をあげた。


「そうだなぁ……俺は、一滴なら許すと思う。一瓶飲まされるのは困るけど、少しときめく程度ならね。その後に好きだなぁって思うか、やっぱり気のせいだったって思うかは、相手の頑張り次第だしさ」


 その返事を聞いて、なんだか安心してしまった。迷ってしまった自分のことも、一緒に許して貰えたような気がして。

 私の気持ちを後押しするように、ナリクは「ただのキッカケだからね」と言った。


「フィアナ、好きなヤツに使いたいんだろ? 俺はいいと思うよ。とにかくこっちを意識してくれないと、何にも始まらないもんな」

「そ、そうなの。だから私――」

「よし、俺も使ってみる。買って来るから、ちょっと待ってて!」

「えっ、ええ!?」


 こちらの気持ちなんか知るはずもないナリクは、勢いよくお姉さんのところへ走って行った。

 どうしよう、今更「やめなよ」なんて言えない。余計なことを言わなければ良かった……このままじゃナリクは、他の誰かの恋人になってしまう。私はナリクの背を押しただけの脇役、身分の差を考えればピッタリの役回りだ。

 だからといって、このまま諦めたくなんかない。ずっと好きだったんだもの。

 いいよね、他の誰でもないナリクが、私の背中を押したんだもんね――言い訳を積み重ねても、罪悪感は消えてくれない。

 ごめんね、ナリク。せめて一瞬だけでも、私の方を見てほしいの。


 緑色の小瓶を二つ握り締めて戻ってきたナリクは、俺のオゴリ、と片方を私にくれた。


「俺、来週も今ぐらいの時間に天体観測室にいるから、フィアナもおいでよ。お互いどうなったか、報告会しようぜ」


 ナリクはいつも通りの笑顔で、私の肩を優しく叩いた。

 私は泣きたい気持ちを抑えるのに必死で、今の自分がどんな顔をしてるのかもわからなかった。

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