第17話 戦のきっかけ

「もちろん、最初は丁重に迎えるつもりだった」

「え?」

「まあ、座れ」


 そしてサーリアの腕をとり、自分の横に座らせるために軽く引っ張る。

 サーリアもさして抵抗せず、腰掛けた。


「アダルベラス国民が抱える不安はそれだけではないのだ」

「……世継ぎがいないこと」

「わかっているではないか」


 そう言って苦笑する。


「二つの不安を一度に解消する術がある。『神に愛でられし乙女』が、世継ぎを産む。これで万事解決だ」

「雨は……」

「雨は降る。必ずだ。長い歴史の中、干ばつに苦しむことはあっても、必ずそのあとには雨は降る。それまで持ちこたえられればそれでいい」


 まるで自分に言い聞かせているように聞こえるのは、気のせいか。


「幸い我が国は、水路の設備には力を入れている。新たに井戸を作って水の確保も進めている。気休めだって構わない。『神に愛でられし乙女』が我が国にいるという事実だけで、いくらか時間稼ぎはできる」

「だったら、略奪などしなくとも」

「ちゃんとエルフィ王には伝えた。ぜひ王女を側室として迎えたい、と」

「え……」

「やはり、知らなかったのか」


 そう言ってため息をつく。

 サーリアは、レーヴィスが言った言葉をすぐには受け入れられなかった。


 そんなこと、聞いていない。

 どういうこと?


「『正室ならともかく、側室。我が国の至宝である王女をそのようなところに嫁がせることはできぬ』と、こうだ。ま、私が直接聞いたわけではないが」

「そう、でしたの」


 まだ考えがまとまらず、サーリアはただそう答えた。

 しかし、レーヴィスの次の言葉が一気に彼女の感情を高ぶらせる。


「この大国アダルベラスの申し出を断るとは、ずいぶんと思い上がったものよ。弱小国の分際で」

「な……!」


 なんと残酷な言葉を口にするのだろう。

 確かにアダルベラスに比べ、エルフィは小さな国だった。

 けれど、自然に恵まれ、人々は穏やかに暮らし、平和で美しい国だった。それを……!


 爪が手の平に食い込む程に、サーリアは拳を握り締めた。

 彼女の激昂を知ってか知らずか、レーヴィスはまだ口を閉じようとはしない。


「最初は親書を破り捨てたという」

「えっ」


 思わず出てしまった声に、彼は口の端を上げた。だろう? とでも言いたげだった。


「それだけでも許し難いが、エルフィ側の心情も考慮して、そこは不問にした。だが二度目、使者を送っても親書も受け取らず、けんもほろろに追い返されたと」

「そんなこと……」

「時間をおいて冷静になったかと思いきや、その逆だったようだ。王一人ではない。周りもそれに同調していたというから、たちが悪い」


 王女を側室などと、馬鹿にするなと激高したのだ。

 だが、親書を破り捨てた?

 それを聞いたとき、一気に血の気が引いた。

 にわかには信じ難かった。すぐさま開戦となってもおかしくはない行為だ。


「エルフィはほとんど他国と交流がないからなのか? いくらなんでも外交というものを少しは考えていただきたかった。おかげで本当に引けなくなってしまった」


 レーヴィスは額に手を当てて、はあ、とため息をつく。


 おそらく。おそらくだが。

 父は他国への配慮よりも、自国の民に向けて、王女を守ったという行為を見せつけることを優先した。


 父は生前、国王でありながら父でありながら、サーリアに付き従う従者のように振る舞った。

 周りもそれを咎めはしなかった。いや、むしろそうするように、うながした。


「お父さまはもう少し毅然とするべきです」


 と何度サーリアが言っても、父は柔らかく微笑むだけだった。


「お前は、三人の天使のご加護を受けているからな」


 返ってくる言葉はそれだけだった。


 やり過ぎた。判断を誤った。それは国王たるものの行動ではなかった。


「そんな対応をされてそのまま引き下がるわけにはいかない。対外的にまずいのだ。アダルベラスは今、干ばつに苦しんでいる。それでなくとも士気が弱まっている。そこでエルフィのような弱小国に申し出を断られ引き下がっては、列国に弱みを見せることになる」

「……それはそちらの都合でしょう」


 サーリアはなんとかそれだけを言った。

 そもそも、親書など送られてこなければよかった、と思う。それが現実逃避でしかないとしても、そう思わなければ足元から崩れ落ちそうだった。


「そうかもしれない。しかし、生き延びるためには必要なことだった。我々はそのように断られたことで選択肢を失った」


 確かにアダルベラス側としては、そうするしか道はなかったのかもしれない。

 けれど、エルフィは。慎ましく暮らしていた国民は。

 ただ、巻き込まれただけにすぎないのではないか?


「エルフィ王は気の毒に。たとえ我が国の申し出を断っても、結局愛しい娘は略奪され、側室に収まった」


 何一つ、良い方向には転がらなかった。何一つ。


「信じないかもしれないが、本当に無理強いする気はなかった。穏便に断っていただければ、次の手が打てた」

「内々に済ませることは……できなかったのですか」

「こちらができても、そちらができない。誇らしげに語るだろうよ」


 そう言って肩をすくめる。


「まあ、よく考えるがいい。私が都合よくそなたに語っているのかもしれないぞ?」


 言って、組んだ足の上で頬杖をついてこちらを眺めている。


 父はもういない。父からの弁明は二度と聞くことができない。

 けれど……けれど。

 レーヴィスの語る内容が、あまりにも力を持ち過ぎていた。否定する言葉はもう出てこなかった。


 いや。

 こんなところで納得したくない。

 納得してしまったら、あの日、屍になってしまった者たちに顔向けできない。

 それではあまりにも報われないではないか。

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