第15話 叔母の手紙
ベスタがある日、手紙を携えて部屋にやってきた。
「サーリアさま、これを」
なんだろう、と受け取ると、封筒の裏に見慣れた文字が書かれているのが目に入った。
「叔母さま……」
父の妹だ。無事だったのか。
ふいに涙が溢れてきそうになったが、それをなんとか堪える。
「手紙を届けて欲しいと願い出られていたようで。この度、陛下の許可が下りましたのでお届けします。検閲は通しておりますが」
言われてみれば、封が開けられた跡はあった。
けれど叔母の署名があるものだ。サーリアは手紙を胸に抱き締める。
「では私はこれで」
一礼してベスタが去って行こうとする。その背中に慌てて呼び掛けた。
「ありがとう」
その言葉を聞いて、ベスタが振り返って微笑んだ。
「いいえ、私はなにも。お礼なら陛下に仰ってくださいな。許可されたのは陛下ですから」
「え」
レーヴィスにお礼?
それにはかなり抵抗がある。
黙っていてもいいかしら、などと考えている間に、ベスタは立ち去って行った。
封筒から手紙を取り出す。
やはり叔母の字で手紙は綴られていた。
当たり障りのない時候の挨拶から始まっている。
それから、サーリアのことを心配するような言葉が書かれていた。
サーリア、そちらでの生活はどうかしら?
こちらは意外にも、穏やかな生活を送ることができています。
アダルベラス兵があちらこちらにいるけれど、統治のために私たちの意見も聞いてくれるし、手荒な扱いも受けていないから心配しないで。
それより私たちが心配しているのは、あなたのことです。
自分のせいだと思っていない?
あなたのせいではないから、気に病まないで。
それだけが心配です。
つらいこともあるだろうけれど、あなたには三人の天使さまのご加護があるから、きっと大丈夫。
サーリアの幸せを、私たちは願っています。
その手紙をまた胸に抱いた。
叔母は、穏やかな人だった。いつも花を愛でていて、綺麗に咲くと手ずから切り取ってサーリアの部屋に飾りに来てくれた。
本当に、この手紙の通りに穏やかな生活が送られていればいいのだけれど、と目を閉じて祈る。
帰りたい、と思う。
あの穏やかだった日々に帰りたい。
それが決して叶わない望みだと知っているのに、そう願わずにはいられなかった。
◇
「手紙を受け取りました」
礼は言わなくてもいいだろうと判断して、レーヴィスには、ただ、そう告げた。
彼も特には期待していなかったのだろう。ああ、とうなずく。
「何度か言われたのでな、まあ手紙くらいはと。検閲は通させてもらうが」
言いながら腰に佩いた長剣を外し、枕の下に置いている。その上に自分の頭を乗せて寝転がった。
どうやら今夜も、ただ横になるだけらしい。
……いや、待て。今の言い方は。
「叔母に会ったのですか?」
「会ったが?」
こともなげにそう返してくる。
そんなこと、聞いていない。
「いつ?」
「さあ、何度か会ったが。つい一週間前に会ったのが最後だ」
呆然とする。
何度か会った? いつの間に。
確かに彼は毎日通ってくるわけではないが、サーリアの知らないところでそんなことになっているとは。
「わ、私も……」
「それは駄目だ。許可しかねる」
「どうして」
「会ったのはエルフィでだ。そなたを後宮から出すつもりはない」
ずっと後宮にいるから、外の動きがまったくわからなかったのだ。
自分がここに閉じ込められている間に、きっといろんなことが動いている。
そのことが急に恐ろしく感じられた。
「どうして叔母に会ったのですか」
「今、エルフィの代表者は彼女だ。会談は当たり前だろう」
「会談……」
それは、本当に会談と呼べるものなのだろうか。わからない。
手紙に心配しないでと書かれていても、それが真実だとも限らない。
「私も手紙を書いても?」
「彼女宛てになら。もちろんそれも検閲を通す。要らぬことは書かないほうが身のためだ」
「わかりました」
なんと書けばいいのだろう。
確かに今は手荒な真似はされていない。傍から見れば、のんびりと過ごしているようにも見えるだろう。侍女たちに傅かれ、不自由なく過ごせている。
仮に自由に書いていいと言われても、叔母に心配させたくはないし、当たり障りのないことしか書ける気がしない。
結局のところ、手紙の行き来ではお互いの状況を把握することは難しい。
けれど、少なくとも、生きている。叔母は生きているのだ。それがわかっただけでも嬉しい。
「ああいう人間は、苦手だ」
ふいに、レーヴィスがそんなことをぽつりと言う。
振り返って見ると、手を頭の後ろで組んで上を向いて寝転がったまま、眉根を寄せている。
「苦手? 叔母さまがですか?」
「毒気のないところが少しベスタに似ているな。外見は少しそなたに似ているかもしれないが、雰囲気はまるで似ていない」
確かにベスタに似ているかもしれない。
苦手というのもわかる気がする。
レーヴィスのように尖った人間は、柔らかな人間には刺さらなくて、肩透かしをくらったような気分になるのだろう。
少し可笑しかった。なるほど、ああいう人が苦手なのか。
叔母さまにやり込められて、腰が引けてしまっているのかもしれないわ。
いい気味だわ、と思ってしまうのは意地悪かしら。でも少しくらいいいじゃない。
そんなことを考えているうち、思わず口から笑みが零れそうになって、慌てて口元を押さえた。
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