香水の君 5
じっと見ていたのに気が付かれたのか、横になったまま、小声で「申し訳ございません」と、呟くのが聞こえる。
「気にしないでいいよ。それよりも、何か用だったかな?」
「……あの、その……」
「うん」
馬車に乗る時に、社交場ではないしと、気楽に話し掛けて欲しいと伝えてあるからか。
香水の君は、それでも遠慮がちとはいえ、ポソりと、その小さな可愛い唇を開く。
「あの、……わ、私、タンカルムの香水の香り、本当に好きなんです。私ではどうしても作り出せない、理想の香りばかりで……香水を作られてる方を、ルグラン様を本当に尊敬しております。だから、本当は全部購入したいし、身に付けたいのですが……」
「成分の問題、だね」
「はい」
香水の君は、素直に頷いた。
「昔から体が弱くて、その他にも色々ありまして……お酒を受け付けないんです。それでも、香水の香りが大好きで、何とか出来ないかと、書物を読んだり、調香師の方のお話を伺って勉強させて頂いたりして……。そうしてアルコール成分を含まない香水を、少しずつではありますが、作れるようになっていったんです」
「そうだったんだね」
「作り始めた頃から、タンカルムの香水は憧れでした。こうして、作成されてる方とお話が出来る時が来るなんて、本当に光栄にございます」
本当に嬉しいのだろう。
柔らかな微笑みを浮かべて、話すその雰囲気は、地位や財産等だけで媚びを売ってくる者達とは、放つ空気が違っていた。
それからも、屋敷に着くまでは、好きな香りの種類や、お互いの香水の作り方、摘んできた花やハーブの、保存方法等、普段では中々出来ない話を俺達はして行った。
そうして、俺も最近はアルコールを、使わない香水や、また練り香水等にも力を注いでる事を伝えると、目を輝かせんばかりに「発売したら、必ず購入致しますね」と、嬉しい言葉を貰ってしまった。
「宜しければ、今度改めて、色々香水について、お話をさせて頂ければと、思うのですが、いかがでしょうか」
「えぇ、もちろん喜んで!」
本当はこのまま、屋敷で語り合いたい位なのだが、香水の君も、グラッセ子爵令息も、体調が芳しくない。日を改めて、ゆっくり語る方がいいだろう。……思わずこの、馬車の中でも盛り上がってはしまったが。
そうして、馬車が屋敷に迄辿り着くと、連絡の行っていたようで、車椅子を用意した執事がそこにいた。
いつもであれば、車椅子迄、グラッセ子爵令息が抱えて降りるらしいのだが、今日はその役目を俺に譲って貰っている。
熱とは別に、真っ赤になった香水の君を腕に抱えて、馬車から降りる俺の姿を見た執事は、最初こそは驚くものの、直ぐに礼をしてくれた。
香水の君を、車椅子に乗せると、ホッと息を吐いたのが分かる。やはり少し無茶をさせてしまったかもしれない……。
「申し訳ない。無理をさせてしまったね」
「いいえ、私が話をしたかったのです。本当に今夜はありがとうございました」
「また後日、改めて先触れを出すので、待っていて貰えるかな」
「はい、お待ちしております」
これを機に、ゆっくりと親交を深めて行ければと思う。
グラッセ子爵が、香水の君を大層可愛がって大切にしてるのは、よく耳にするので、改めて、子爵にも挨拶に伺わなければな。
グラッセ子爵令息が、一旦俺を舞踏会が行われてる王宮まで馬車で送ってくれるというので、有難く乗せて貰いながら、そんな事を俺は考えていた。
ここから、俺と香水の君、ベルとの、ゆっくりゆっくりとした付き合いが始まって行った。
初めは香水の話が主だったのが、お互いを異性として意識するまでには、そう時間が掛からず、2年後には無事婚姻を結ぶ事となった。
今は子爵家領内に、こじんまりとした屋敷を構えて、俺とベルは暮らしている。
婚約の際にベルに指輪と共に贈った、揃いのアロマペンダントを、ベルは毎日付けてくれており、小さなそのペンダントは首元で可愛く揺れているのが、ベルに似合っていた。
俺も常に身に付けていて、お気に入りの香水や、互いに相手に贈った香水を入れている。
そうして、タンカルムの名前の様に、俺とベルは屋敷で、2人静かに幸せで、穏やかな時間を、いつまでも過ごしていった。
■■■
読んで頂き、ありがとうございます。
もう少し、ベルの体の弱さの理由とか、その後の舞踏会とか、色々考えてましたが、その辺りはスッパリカットしました。
のんびり穏やかな話を書きたかったので、少しでものほほんとした空気を感じてくれたら、嬉しいです。
香水の君 九十九沢 茶屋 @jostaberry
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