レジデント・オブ・ケージ
Happy psycho
交わらない意志
静まり返った深夜の大聖堂
両膝を突き、両手の指を折重ね祈りを捧げる少年がいた
少年は感謝をしている
今日ある平穏に、明日もあるであろう平穏に
「…」
少年は胸に少しの力を加え肺の中に空気を溜め込んだ、そして小さく溜めた空気を吐き出すように蝋燭の光が届かない闇に向かって言った
「待たせたね、兄さん」
それを聞くと壁に寄りかかっていた背中を浮かせ、一歩二歩とその足音を鳴らし光の届くところに現れた
「ミコット、祈りはもういいのか?」
闇から現れた人物は祈りを捧げていた少年をミコットと呼んだ
ミコットは足元にあった槍を手にもつと静かに立ち上がった
「うん、これ以上、サルバ兄さんを待たせるのは悪いからね」
ミコットは闇から現れた人物をサルバと呼んだ
「そうか・・・」
サルバは腰に下げた剣を取り出した
「ねえ兄さん、諦めてもらうことってできないかな?」
ミコットは優しい瞳で見つめるサルバの瞳を見つめた
「悪いができない」
サルバはミコットの提案を強く否定した
「なんでさ?父さんや兄さんは人類の繁栄と平和を願っていたじゃないか!僕がやろうとしているのは人類の繁栄なんだよ?」
「俺は人の生き方どうこう言えるほど立派に生きてきた覚えはねぇ、だがお前の目指す理想郷が正しい世界だとは俺はどうしても思ねぇ!」
その言葉をきいたミコットはため息をついた、そして
「やっぱりはぐれものの兄さんとは分かり合えそうにはないね」
次の瞬間、槍と剣がぶつかり合う
強い衝撃は大聖堂の蝋燭の火を揺らした
「全てから逃げていまさら人類の救世主にでもなろうっていうのかい?」
ミコットはサルバを見下すように言った
「確かにおれは全ての責務から逃げた」
サルバの剣に力が加わる
少しずつミコットの槍が押し返される
「だが誰かを犠牲にして得た平和を黙って見てるほど無責任な人間でいたくねぇんだ!」
サルバの剣はミコットの槍を大きく弾いた
「・・・!?」
ミコットは咄嗟に氷を自身の体に、まるで鎧のようにまとわせた
「いてぇぞミコット歯食いしばれ!」
サルバの右ストレートがミコットの左頬に強く当たる
覆っていた表面の氷が砕け散る
「いたいなぁ兄さん!」
ミコットは砕けた氷の仮面からサルバを睨みつけた
「僕はね兄さん、倫理とか道徳とか人間の小さい価値観で造られた正義なんてものは持ち合わせちゃいない!だけどこれだけはわかる、人類再生のためには犠牲が必要なんだ!」
ミコットは声をはり自身の考えを主張した
「それが俺とお前が分かり合えないところだな!」
刹那、黒い炎と蒼い氷が激しくぶつかり合った
凄まじい力のぶつかり合い氷は砕け炎が飛び散った
「兄さんだって犠牲が必要なことくらいわかっているでしょう?」
氷の破片に映るミコットは冷たい視線をサルバに送った
(悪いな…そんなに悲しい目にさせちまって)
サルバの脳内にまだ明るく笑うミコットが思い浮かぶ
剣の力が抜けたことをミコットは見逃さなかった
鋭い槍の一撃がサルバの脇腹を掠めた
後少し遅れていたら心臓を貫かれていた
「だめだよ兄さん、集中しないと」
その言葉に返すようにサルバは剣をミコットに振った
刃を交わしお互いの距離がひらく
「ねえ兄さん…人ってなんだと思う?」
「弱くて醜くてそのくせ無責任な生き物だ」
その答えを聞くとミコットの頬があがる
「だが」
サルバは続けミコットの表情は曇った
「優しくて愛があって勇気がある、俺はそんな人を五万と知っている」
サルバはミコットの目を見つめた、そして
「誰かの心の痛みをわかってやれる優しさも」
「なにも求めないでただ相手のために尽くせる愛も」
「絶望的でも諦めない勇気も」
「だから俺は人が好きだ」
サルバの瞳に光が灯る
瞳の奥には燃える炎のような情熱があった
「そんなの綺麗事だよ…」
ミコットの声が少しだけ涙声に変わっていき海のように碧い瞳に涙がたまる
「僕にはわからないんだ!生きるのに十分な居場所があって!」
「生まれてから死ぬまで十分な食事があって」
「誰からも虐げられることのない平等がある」
「僕たちは満たされている!それでもなぜ人が奪い合うのかわからないよ!」
冷気が大聖堂に満たされる
少しづつ白くて冷たい境界線が部屋を覆っていく
「だから僕は人間が嫌いなんだ!」
ミコットは槍を強く握った
「僕は決めたんだ!」
ミコットは構え直し槍の先をサルバに向けた
「だから僕が作るんだ!」
ミコットの表情が険しく変わる
「平等で!愛に溢れ!生命を謳歌できる、そんな世界を!」
お互いに武器を握る手に力が入る
「お前は神にでもなるつもりか!ミコット!」
「あぁそうさ!僕が新たな世界の神になる」
ミコットは力をためた槍を地面に突き刺した
「さようなら、兄さん」
次の瞬間、あたりは銀世界に包まれた
宝石のように澄んだ氷は何もかもを覆った
まぶたを開けたミコットはため息をついた
仕留めたと思ったサルバはそこにいなかったからだ
暖かい風が割れた窓から入り込む
「どうやら逃げたようだね」
ミコットはため息をつく
ミコットは手に持っていた槍を腰に下げるとゆっくりと割れた窓に近づいた
割れた窓から見える青く綺麗な月を見上げる
「僕は決めたんだ、僕の流す血が人類の最後に流す血なんだって」
そう言い残すとミコットは聖堂の奥へと消えていった ーーーーーーーーーーー
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