欠けた心

ジャンルは縛らず、私が書きたいように

第1話 逃避への道

私の彼氏が死んだ。

とある山奥でひっそりと息を引き取っていた。死因は自決とされている。彼は公務員で、仕事上でのトラブルなどで自決したとか、色恋沙汰でのトラブルだとか、いろいろな噂が飛び交っていた。

「あんたが殺したんでしょ」

彼氏の、西條正紀(さいじょう まさき)の母に言われた時はショックだった。私は殺してない。私は彼を心から愛してた。毎日毎日、彼の顔を見れるのが嬉しくて、一緒に話せるのが楽しくて、私は幸せだった。

でも、誰も聴いてくれなかった。私の声を。

街中を歩くたびに、周りの声が嫌な幻聴に変わる。周りの話し声が、私について喋っているように感じる。頭では分かっていても、なかなか消えてくれない。無くなってくれない。

殺人者だ、恋人殺し、保険金目当て...

私はやってない。やるわけがない。なのにどうして、私を誰も信じてくれないんだろう。


彼が自殺したのは、私が住んでいる街からそう離れていない山の所だ。彼はそこで飛び降り自殺をしたのだ。

そして私はそこへ向かっている。

彼がいなくなってから、1ヶ月が過ぎた。

今までは1年でさえ短く感じれたのに、今ではとてもとても長くて辛い日々でしかない。


あぁ、どうして、いなくなっちゃったのかな。


私のせいなのかな。私がもっとしっかりしてれば良かったのかな。もうわからないや。


立ち入り禁止のテープを跨ぎ、奥に進む。あたりは夕焼けを感じさせるオレンジ色の空をしていた。

彼が死ぬ時もこんな感じだったのだろうか。

ふと、そんなことを思う。

彼はどんな気持ちで、決意したんだろうか。


あの日から、私は一度も笑った自覚がない。笑えないのだ。自分の好きな番組を見ても、音楽を聴いても、彼と一緒に大笑いしたゲームも、何一つ笑えないのだ。

少なくとも、私から光は消えたのだ。生きようしても、見出せない。私は何をして生きればいいの? どんな顔をして、笑えばいいの? ねえ? どうして? なんで?


私を置いていったの?


木々が晴れてくる。そこは、夕暮れの空と、下には断崖絶壁の崖がある。彼が命を絶った場所。

ここまできた理由はひとつだった。

それ以外に考える必要なんてない。

彼がいなくなってからの絶望の日々にようやく終止符が打たれるんだ。

崖の下を見る。下も木々で覆われているが、助かるとは思えない高さ。

恐怖は感じない。それが改めて、自分の生きる理由がどこにもないことを暗示していた。


これで...終わるんだ...


目を閉じる。彼と過ごした時間をひとつずつ思い出す。たくさん笑った思い出。初めて告白された思い出。同じ家でおいしい料理を食べた思い出。結婚しようと言われた思い出....


自然と涙が出てきた。

私は、彼のことを愛していた。こんなにも。なのに、どうして、あなたは、終わってしまったの。どうして私は何か一つでも気づかなかったんだろう。

左腕で涙を拭くと、前を見る。

足を崖の側へ運ぶ。


これで......終わる....


ブーブー


電話の着信がなった。

私は戸惑う。街から近いとはいえ、山奥だ。電波が通っているわけがない。圏外と表示される筈だ。

私の予想通り、圏外だった。

だが、一つのメールが届いている事実が突き付けられる。時間帯は今だ。

メールを押してみる。圏外、ネットは繋がっていない。だが、携帯はメールを読み込んでいる。画面が切り替わる。題名は....


親愛なる神奈子へ

それは私の名前だった。

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