第26話


 流石に、常時居続ける仕様ではない筈。

 満腹度がMAXに到達すれば、立ち去ってくれると信じよう。


 『春小麦』から夏エリアで採取できる『夏トマト』を含めた食材で作ったのは『ピザ』。

 どれほど食べられるかも不明だが、とにかく量で挑むしかない。

 そして、連中は人間とは違って、フォークで食べる習慣を嫌っているようだ。


 もう一つ。簡単な『カナッペ』が完成。

 一口大サイズのクラッカーに野菜等を載せた軽食だ。

 手軽な『オニオンリング』、ホールサイズの『フォンダン・ショコラ』……

 取り合えず、これで様子見しよう。


 僕は料理を所持し、店内に転移する。

 そこではメリーとジャバウォック、ボーデンとリジーが窓越しから外の様子を伺っていた。

 ジャバウォックが「ふぉんふぉんふぉん」と独特な効果音を真似している。

 昨日同様、野次馬を作っているプレイヤーが、連行されている光景が広がっているんだろう。


 バンダースナッチは、先程同様にテーブルへ突っ伏している。

 そこ傍らに、眼光の鋭いスティンクが席につかず、立っていた。

 彼女は、レオナルドがクックロビン隊に行っている、菓子を使った言語特訓を見守っている。


「ちょっと難しいけど……これは?」


 レオナルドが手元にある菓子をクックロビン隊に見せる。

 空間の裂け目から顔出す鳥頭たちが、今度は口々に言葉を発していた。


「くっきー!」「クッキ~」「cookie」「くっきぃ」


 すると、クックロビン隊のリーダー格・梟頭だけ「く……」と言いかけ、菓子を慎重に観察してから答えた。


「ビスケッツ」


 一人?だけ異なる答えに他のクックロビン隊から注目される。

 レオナルドは「よし!」と梟頭に手元の菓子――ビスケットを与える。梟頭は嬉しそうに体を揺らした。

 他のクックロビン隊は、未だ理解できずに首を傾げていた。

 一段落したのを見届けた僕は、テーブルに料理を並べながらレオナルドに声をかける。


「レオナルド、皿を並べてくれ」


「お、わかった」


「料理ができたから皆、席について」


 僕がジャバウォック達を呼び掛けると彼らは、いいところだったのにと言わんばかりの不満を現す。

 メリーが窓から離れながら、余計な一言を述べた。


「ねえ! お庭にテーブル席があったわ。あそこで食べたい!!」


「今日は我慢してくれ。君たちが見た通り、人間が大勢集まるから何を言われるか。ジャバウォックも分かるだろう」


 名前を呼ばれたジャバウォックは、無垢な表情で振り向く。

 返事もしないので彼の心情が読めないが、人間達の姿を面白がって、心は傷ついていないんだろう。

 渋々、メリー達が席に着くと。

 スティンクだけは座らず、腰かけた僕を見下すように鋭い眼差しを注いだ。


「話に聞いていた通り、酷い光景ですね。ですが。あれは正義ぶった人間が暴走しているだけでしょうね」


 レオナルドは気まずそうに。

 僕は「そうですね」と相槌を打って全員分の料理を皿に取り分ける。

 しかし、スティンクはこうも指摘した。


「にしては……あまりに過激と言いますか。あなた方も、彼らに恨まれる行動を取ったのではありませんか? 私の家に上がり込んだ時といい。無神経な行動が目に余ります」


 反論の余地なく、レオナルドは「あの時は悪かったよ」と謝罪する。

 彼が軽率に頭を下げる事がスティンクには不愉快らしく、顔を歪めていた。

 僕も黙っていられないので、これだけは言わせて貰う。


「恨まれるなんて。人間は、自分の好みを執拗に押し付ける生き物です。僕らの存在が彼らにとって不愉快で、それを共感して欲しくて情報を拡散している……あれは嫉妬という衝動で行動しているんです」


「はあ、そうですか。目立たず平穏に生きられるよう立ち回れないなんて、不器用な人間ですね」


 スティンクに嫌味で僕が信条に掲げるものを指摘され、腹立たしくなる。

 こればっかりは、僕のせいでもレオナルドのせいでもないんだ。

 奴らに頭を下げる事なんて、何一つ無い。

 料理を無視して、テーブルに突っ伏していたバンダースナッチが、体を伸ばしながら起き上がる。


「別にいーだろ。元々無神経なんだろうからよぉ。俺達にとっちゃ悪くねぇ。メシも作ってくれるし、コイツら育ててくれるし」


 バンダースナッチが『コイツら』と呼ぶクックロビン隊。

 僕が取り分けた皿にあった『フォンダン・ショコラ』の1ピースを、バンダースナッチは口にするどころか、クックロビン隊に放り投げた。

 彼らは『フォンダン・ショコラ』を取り合う。

 レオナルドが、バンダースナッチの行動を不思議そうに観察していると、突然スティンクが憤った。


「またそうやって……! 貴方、どうしてお父様が人間に料理を作って貰うように頭を下げたのか!! 分かっているでしょう!?」


「はぁ~~~~~~ったくよぉ。親父も親父で馬鹿だよ、ホント。だから人間に舐められて、最終的に癇癪起こしたじゃねえか」


「親不孝の屑!!」


 おい、待て。こんなところで兄弟喧嘩はやめろ!

 普通に食事をすればいいものを……!!

 僕が止めに入ろうとしたが、レオナルドは周囲を見回して立ち上がる。


「ジャバウォック達がいない!」


 ……は!?

 スティンクとバンダースナッチの喧嘩に意識が奪われていて、ふと気づけばケーキを奪い合っているクックロビン隊以外の姿はない。

 どこに行ったのか? 心当たり一つだけ。僕は即座にレオナルドを呼び止めようとした。


「レオナルド!」


 しかし、躊躇なくレオナルドがメニュー画面を確認し、庭に転移してしまう。

 自然と大きな溜息が漏れた。

 僕が行くべきか、悩んでいるとスティンクとバンダースナッチの二人。

 喧嘩が勃発せず、物静かになった。どちらも澄ました表情を浮かべていた。バンダースナッチが僕の視線に気づいて話した。


「行かせようとしたら、お前ら邪魔するだろ」


 …………………コイツら!!!

 どいつもこいつも糞だ! ジャバウォック達から注意を逸らす為に仲悪いフリした!?

 思わず、舌打ちして飛び出す形で僕も庭に移動した。


 庭に出ると生垣越しから、アイドルファンらしい女性プレイヤーからムサシファンらしい男女様々なプレイヤーまで。良くも悪くも老若男女。

 様々な連中相手に、レオナルドが対応し続けていた。


「庭に薔薇を植えるんじゃないわよ!」


「俺達の店、アリスをモチーフにしてるんだよ。今度のイベントのモチーフと同じ」


「お前のせいでムサシのアカウント停止されたんだぞ! 責任取れよ!!」


「ムサシは気にしてないし、ファンの話も聞かないって言ってたよ」


「イベントに参加するんじゃねえぞ!!」


「悪いけど、ムサシとも約束したし……」


「ムサシを言い訳に使うんじゃねぇ!」


「アンタがいるとイベントが楽しくなくなるのよ!!」


 本当に小学生レベルの文句だ。僕に対しても何か言われているが無視する。

 今は、庭に潜んでいるジャバウォック達を店に連れ戻さないと――



「まてーい!!!」



 混沌を加速させたいのか。

 ギャーギャー喧しい野次馬の喚きをかき消すように、子供の大声が響き渡る。

 僕はギョッとして振り返り、レオナルドや野次馬たちは静まりかえった。


 アリスの『気違いのお茶』をモチーフにしたテーブル席にあった、テーブルクロスを被り、僕の兎の仮面をつけたいる。

 恐らく中身はメリーとリジー、ボーデンがジャバウォックの下で台となって支えている形状だ。

 謎の兎仮面が、子供特有の無垢で単調な声色で名乗る。


「私の名前は『ラビット仮面』。正義のヒーローだ」


 野次馬がざわつく中、『ラビット仮面』はテーブルクロス越しにレオナルドに指さした。


「やい、そこの悪者。お前の自分勝手な振る舞いが、周りに迷惑をかけている自覚はあるか」


 ……レオナルドを助けない?

 僕も眉間にしわ寄せて、動向を見守る。

 困惑する野次馬を差し置いて、レオナルドは真剣に訴えた。


「俺は普通にゲームを遊んでいるだけだ。だから、普通に明日のイベントにも参加したい。俺の楽しみを奪わないでくれ」


「ならば仕方ない。皆の幸せを守る為、お前はここで倒す! でゅくし!!」


 歪な接近にレオナルドは戸惑いながらも、『ラビット仮面』の攻撃を受け、倒れた。

 厳密には倒れたフリだ。

 悪人を倒した『ラビット仮面』は高らかに笑う。


「わっはっはっはっはっ。これで皆にとって気に入らない奴はいなくなったぞ。人間は単純だな」


 ズルリ。

 『ラビット仮面』を覆っていた仮面とテーブルクロスが解かれると……

 露わになったのは、巨大な青白い肌の子供の頭部だった。

 眼球も歯もない目と口の、漆黒が広がる闇の穴が三つある。

 心霊写真に写り込んだような巨大な異形を目撃し、長閑な春エリアが阿鼻叫喚の地獄と化した。


 後頭部に手足が生えていた異形は「はぁあぁ」と野太い鳴き声を漏らしながら、薔薇の生垣を乗り越えようとしていた。

 野次馬たちの反応は様々だ。

 バグで妖怪がいる!とか、戦闘モードに入ろうとメニュー画面を開いたり。

 特に、アイドルファンの女性プレイヤーは気色悪さから、我先に逃げようと他プレイヤーを押しのけていた。


「いやあああぁああぁっぁぁっ!!」


「止まらないで! 早く行って!! 早く早く早く!」


「押すんじゃねえ!!」


「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!」


「こっち来てる!」


「あああああああああああああああああっ!!!」


 転移機能を使えばいいのに、それすら考えられないほど冷静さを失って、全員が嵐のように立ち去ってしまった。

 テーブルクロスの下から、人間たちをケラケラ笑うメリーと、リジー、ボーデンが姿を現し。

 不気味な異形に変貌遂げていたジャバウォックが、何食わぬ顔で子供の容姿に戻る。

 一連の光景を目の当たりにし、僕とレオナルドは顔を見合わせていた。


 ここぞとばかりに、メリーが提案した。


「誰もいなくなったんだから、外で食べるわよ!」





 結局、妖怪共は庭のテーブル席で食べる気、満々なので仕方なく料理を運んでやった。

 先程の野次馬が立ち去っても、また次の野次馬が湧いて出来る。

 だから、奴らをテーブル席に置いて放置するしかない。


 リジーとボーデンは離席する形で座り、クックロビン隊は席に座らずに空間の裂け目から頭を覗かせ、バンダースナッチは再び眠りにつきそうな体勢で、メリーが普通に腰かけているのが異様だ。

 スティンクだけ、何故か立ったままで鋭い眼光を兄弟らへ向けている。


 そして、ジャバウォックが席についていない。

 あれほど僕に攻撃してきたのに……菓子が欲しいと駄々こねた訳じゃないのか?

 奴は、再び兎の仮面を頭につけて「ふぉんふぉんふぉん」と呟き、生垣を眺めていた。

 準備を手伝っていたレオナルドがジャバウォックに尋ねる。


「うさぎ、好きなのか?」


「うさうさ」


 ジャバウォックがアピールするように店内から持ち出した兎の小物を手に、動かして見せていた。

 確かに、記憶を辿れば、ジャバウォックは兎の小物ばかり持つ。

 単純な好みだったのか……だが、小物に関しては耳の部分で僕やレオナルドを突き刺してくるものだから、痛い。感度設定は低くしても耳の先端による攻撃は、やっぱり痛い。

 ……今度、ミナトに兎の人形を依頼しよう。


 僕は切り分けた『フォンダン・ショコラ』を皿に載せて、各自に配る。

 食器を使いこなせるメリーやリジーは問題ないが、ボーデンだけは困惑していた。

 スプーンを差し出して、僕は言う。


「好きな風に持っていいから、これ使って。チョコレートがもったいないよ」


「ううん……」


 ボーデンはどこか恥ずかしそうに『フォンダン・ショコラ』特有の中から溢れる蕩けるチョコレートを、スプーンですくう。持ち方は幼児染みていたが、指摘はしない。

 顔面の包帯を解いて、チョコレートを食べると「うめぇ!」とボーデンは叫ぶ。

 歓喜極まっているボーデンに、リジーがドス利いた声色で「うるせえ」と注意していた。


 メリーは『オニオンリング』ばかり食べていた。


「チョー美味しい! こんなに美味しいの隠してたなんて、やっぱり人間って卑怯ね!!」


 食べっぷりを観察していたレオナルドは、不思議そうに聞いた。


「初めて見るのか? 唐揚げとかも知らない??」


「なに、唐揚げって!」


「コロッケは?」


「ええ!? 知らないわよ! 何よ何よ! 教えなさいよ~~~!!」


 頬膨らませ拗ねるメリー。

 ゲームの世界観的にコロッケや唐揚げは、あるんだろうか……

 オニオンリングに見覚えないと明言しているだけでは、判断つかないけども。

 僕は落ち着いて答えた。


「人間にとって庶民的な料理だから、お茶会には出されなかったんだと思うよ」


「そーいうの関係なく、沢山料理を作ってくれっておじい様は頼んだのよ!」


 そして、メリーが絶賛する『オニオンリング』をクックロビン隊に差し出しているバンダースナッチ。

 レオナルドは、素直に思った事をバンダースナッチに確認しようとした。


「なあ、こんな事さ。聞くのも悪いけど、一応確認したくて」


 そんな声をかけられるのは予想外だったらしい反応のバンダースナッチ。

 だが、即座に「なんだよ」とだらしない体勢で座る。

 気まずく、レオナルドが問いかけたのは僕たちプレイヤーが疑問に感じる部分だった。


「バンダースナッチ。お前、機械だから食べれないのか?」


「………は?」


「えっと、食べたもん消化する機能?がない?? ってことだよな。だから食わないで、皆にあげてる」


 僕の表情を伺うレオナルド。

 自分は変な事を聞いてないかと不安なのだろう。

 しかしまぁ……機械生命体に消化器官があるのか怪しいのは、事実だ。


 イベントでも他の兄弟たちとは異なり、アフタヌーンティーセット自体に関心があったり、菓子を食べたりせずに、食器を売った方がマシと言ってのけた。

 スティンクが顔に似合わず、素っ頓狂な声で言う。


「貴方、なにを仰ってるんです? そこの愚か者も妖怪の端くれなんですから、食べれますよ」


 周りを見渡せば、メリー達も目をパチクリさせている有り様だ。

 警備NPCを待ち構えていたジャバウォックも、無垢な表情で兎の小物を使ってレオナルドをつつく。

 ジャバウォックのつつきがくすぐったいレオナルドの代わりに、僕がフォローする。


「すみません。機械なので、そうではないかと勘違いするところでした」


 ボーデンが怪訝そうな表情で首傾げる。


「機械って何?」


 そこから!?

 妖怪の肉体構造設定なんて、運営は考えちゃいないのか。

 とにかく、バンダースナッチは食べようと思えば食べれる。分かっただけでも十分だ。

 

 「つんつん」と呟きながら行うジャバウォックのつつきに困惑しながら、レオナルドは更に質問する。


「じ、じゃあ、あれか? 食べるの嫌い?? 嫌なら嫌で今度から用意しねぇから」


 バンダースナッチは面倒そうに答えた。


「嫌いじゃねぇけど。必要ない。俺は大気の魔素でエネルギー補える」


「あ、そ、そうなんだな? ちょ、もう、つつくの勘弁してくれっ!」


 レオナルドが悲鳴を上げてジャバウォックに頼むと、向こうはつつくのを中断。

 レオナルドを山に見立てて、彼の背中を兎の小物が登っていくように動かし始めた。

 謎の行動に巻き込まれ、レオナルドはじっとするしかない。

 だが、スティンクが酷い形相で話に割り込んだ。


「十分補えていれば外に居続ける訳ないでしょう? エネルギー消費を抑える為にしょっちゅう寝ている癖に。しかも、お父様が貴方の為に用意したものをコイツらにあげて!」


 そう吠えると、料理を啄んでいたクックロビン隊に皿を投げつけるスティンク。

 事情を知らなかったらしい、リジーとボーデンが動揺を隠せていない模様。

 メリーはどこか気まずそうに食事の手を止めた。

 バンダースナッチは、長ったらしい溜息を漏らす。


「貰ったもん、どうしようが俺の勝手だろ。それに俺は生まれつき、燃費悪いんだよ。無理に生かす方が馬鹿なんだよ」


 これまた面倒な……

 だが、これは最後の欠片が揃ったようなものだ。

 『マザーグース』が面倒な人間との同盟を嫌々行わざる負えない理由。

 いがみ合うバンダースナッチとスティンクを見かねて、レオナルドが僕に頼んでくる。


「ルイス。なんか、渡しにくい料理とか作れるか?」


 ああ、要は気軽にクックロビン隊へ与えられない形のか……

 僕は一つ思いついた。念の為、確認する。


「食べ物はあまり口にしていない、という事で間違いありませんか?」


 嫌味ったらしくスティンクが答えた。


「あまり、どころか一切食べていませんよ。コイツは」


 面倒そうな態度でバンダースナッチが「昔、ちっと食べた」と適当な事をぼやく。

 昔は昔。全然食べていないようなものだ。

 そこで僕が用意したのは――『重湯』。


 粥の上澄み液に塩味を加えた簡単な一品。

 妖怪達全員が茶碗に入った白濁汁を、奇妙なものを観察するような目で眺めていた。

 僕は説明する。


「これは人間の流動食。食べ物を消化する胃が弱まっている病人に提供するものです。普段は食事をなさらないとのことですので、いきなり固形物から食べて貰う訳にはいきません。まずは胃に負担をかけないものから、慣れて貰います」


 困惑するバンダースナッチに対し、スティンクが鼻で笑う。


「いいじゃありませんか、病人食。貴方にお似合いですよ」


「妖怪と人間じゃ……はぁ………」


 『重湯』とセットで渡したスプーンを嫌々手に取ってみるバンダースナッチ。

 その時。

 僕らが目を離した隙に、レオナルドを弄ぶのを中断し、生垣へ移動していたジャバウォックが「ふぉんふぉんふぉん」と警告サイレンの効果音を真似し始めている。

 野次馬が現れたからかと思いきや。

 見覚えあるプレイヤーの姿が二人あった。


 一人はホノカだった。

 僕が彼女の姿を目にしたのは、バトルロイヤルの一件以来だ。

 もう一人は、容姿は全く変わっていたが、茶髪のマッシュヘアと顔立ち、ジャバウォックの存在に驚いている声で思い出す。

 最初にパーティを組んだ時にいて、ホノカ達にレオナルドの情報を漏らした剣士のプレイヤー・マーティンだ。


 レオナルドもそれに気づいて「マーティンか?」と気まずい表情で尋ねた。

 なんだか嫌な予感がして、僕もレオナルドと共に生垣越しから二人に話しかける。


「一体なんのようですか」


 僕の声色は苛立ちや不快感が剝き出しだったかもしれない。

 マーティンはアバターで表現されているとは言え、酷く怯えた様子だ。

 レオナルドも心配そうに彼の様子を伺う。

 隣にいたホノカが、僕らの背後にいる妖怪達に気づきながらも、マーティンの代わりに話を進めた。


「変な連中が、お前らの情報をマーティンから聞き出してきたんだってよ」


「お、俺のせいなんだ、二人がこんな状況になったのは! まさか、こんな事になるなんて……! 本当にすまない!!」


 いつか頭を下げて貰いたいと願っていたが、まさかこんな形で実現するとは。

 生垣にぶつかる形で頭下げるマーティンの頭に、ジャバウォックは呑気に兎の小物を載せる。

 しかし、バトルロイヤルの件とは違う。

 別の連中が背後にいると示唆されている。落ち着いて僕は尋ねる。


「詳しくお聞かせください」


 マーティンは頭を上げると、落ちて来た兎の小物に驚き。

 小物が自動的に庭の方へ転がっていくのを見届け、話はじめた。


「ホノカから俺がレオナルドとパーティ組んだ事あるのを聞いて、尋ねて来た奴らがいるんだ。最初、アイツらは、ネットで拡散されてるレオナルドの誤解を解きたいって言って来たんだ」


 思わず僕は「何故、彼らを信用したんですか」と突っ込んでしまう。

 申し訳なさそうに頭かきながら、マーティンは言った。


「ソイツら、墓守系のプレイヤーで逆刃鎌を装備してたんだ。それを乗りこなしてるプレイヤーで、アイドルファンに絡まれてウンザリしてたように見えてさ」


 ホノカも話に加わる。


「レオナルドよりも一緒にパーティ組んだ奴らを探してたな。他にも証言が欲しいってよ。でもお前と話した奴なんか、マーティン除けばカサブランカとお前だけだろ」


 と、ホノカが僕に指さした。

 妙だ。レオナルドではなく他のプレイヤー? カサブランカを探っていたのか?

 あの女は、むしろ喧嘩を売って欲しいかまってちゃんタイプだろう。

 マーティンが「それで」と話を戻す。


「俺はその……ルイスとレオナルドがサポートしたお陰で、一面ボスは倒せたって話をしたんだけど……」


「何か問題が?」


「ルイス……お前、あの時『挑発香水』使ってたよな? でも普通、序盤で『挑発香水』は使えないからルイスがINTにポイント振ってたんじゃないかって話になっちまって」


 …………


「そんな話になったら、新薬広めた魂食いがレオナルドだ~って方向になって……どっか行っちまったんだよ」


 僕を特定しようとしてたのか……

 改まってマーティンが「本当に悪かった!」と頭を下げた所に、またジャバウォックが兎の小物をマーティンの頭に載せる。

 よりにもよって、そこで特定されるなんて。ホノカの時といい。大体マーティンのせいじゃないか。

 事情を把握したレオナルドが、マーティンを制した。


「悪気なかったならいいって。それに俺達も、ギルドに入ってない事がバレたのが嫌で、お前の事、ブロックしたんだぜ」


「え!? そ、それ、そういう……」


 再び頭を上げたマーティンは、レオナルドの告げた内容に驚き、落ちていく兎の小物は眼中になかった。

 故意にやってないにしろ。本当に……

 僕は盛大に溜息をつき、マーティンに言う。


「どうやら故意にやっていないと分かりましたので、ブロックは解除しますが、再度フレンド登録申請はしません。他プレイヤーの方々にも同じ事はなさらないよう、ご注意してください」


「う……ああ、そうだよな。本当に悪い」


 レオナルドは相変わらず優しく「俺の方こそ」と謝罪している。

 僕たちの話題をあえて拡散させた……?

 しかもイベント直前での燃料投下。しかもアイドルファンのマナーの悪さが際立っている最中にだ。

 僕らにヘイト集中させるのが目的……アイドル側の人間の仕業、か。

 ホノカは不愉快そうな顔で、僕達に聞いてくる。


「今回こそはイベント参加するんじゃねぞ。ウチらに絡んで来た連中といい、不穏だ。嫌な予感って奴だよ」


 レオナルドが真っ先に返答した。


「悪りぃ、カサブランカとムサシに約束したからイベントには参加しねぇと」


 流石にホノカとマーティンも正気を疑うかのように目を丸くする。

 レオナルドの表情や態度は、どこか吹っ切れたようだ。

 彼自身、心の奥底でマーティンとの和解を願っていたからか、それとも故意に情報を拡散させた連中の存在を知ったからか。

 いよいよ、レオナルドは僕に告げた。


「『マザーグース』のところ、行こうぜ。ルイス」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る