第12話

 本当に誰だ、コイツは。

 レオナルドも少女に見覚えがないといった態度だ。

 当たり屋のようになりふり構わず因縁吹っ掛ける迷惑プレイヤーなのか。

 僕らが魔法使いの少女に尋ねる前に、向こうから勝手に喋ってくる。


「ホノカちゃんに嘘ついたでしょー! この嘘つきー!!」


「えーと……誰?」


 レオナルドが本当に覚えがない返事をすると「サイテー!」と少女は喧しく叫ぶ。

 流石に周囲の他プレイヤーも不審な視線を注ぐ。


「ギルド入ってるって嘘ついたじゃない! 初心者だから参加するなって言われたからでしょ!!」


 …………


「初心者は参加すんなー! 参加すんな、下手糞ー!!」


 鬱陶しい糞餓鬼が……

 大凡原因はわかった。何故、僕の嘘がバレたかも。

 しかも、コイツは自分が気に入らないモノを徹底的に排除したい輩だ。

 将来は営業妨害を引き起こすような悪質なクレーマーに成長する。


 魔法使いの少女が挙げる『ホノカ』は、前に接触してきた格闘家の少女だ。

 そして、レオナルドがギルドに所属しているか分かるのは、フレンド登録者のみ。

 レオナルドのフレンドは、僕とムサシ。

 そして最初にパーティを組んでフレンド交換したマーティンだけ。


 マーティンがホノカにレオナルドの情報を渡したのだろう。


「下手糞は参加するな! 下手な奴がいると皆の迷惑になるの知らないワケ~?」


 自棄に挑発して、僕らをわざと怒らせたいのか?

 僕が沸々と憤りを感じる傍らで、レオナルドは不自然なほど冷静さを保っていた。

 鬱陶しい顔膨らませた少女の様子を伺い、レオナルドが決断する。


「――わかった。今から参加を取り下げる」


「レオナルド」


 自ら行動を委縮させるような真似を、公の場で見せるのは良くないというのに。

 レオナルドは、僕に無言でアイコンタクトを送り。

 それから、不満気な魔法使いの少女に告げた。


「参加取り下げるところ、ちゃんと見ててくれよ。これでまた参加を疑われるのは嫌だからな」


「ふーんだ! どうせまた参加し直すでしょ!!」


「しないって。ああ、ホラ。広場でイベントの実況中継やるって概要にあったろ。そこの広場にいるよ」


「ほんと~!?」


「そん時の証拠写真撮ったりするから」


 嘘ついた相手に半信半疑な票素でムスッとしたうざったい表情は変わらないままの少女。

 だが、レオナルドが異常に淡白かつ冷静なのに、故意な煽りが出来ないようだ。

 仕方なく「早く参加取り下げなさいよ!」と吠える。


 レオナルドがそそくさと参加取り下げを少女に見せびらかす。

 相変わらず、何かが気に入らない様子で、今度は僕の方を睨んできた。


「アンタ、参加しないでしょーね!」


「僕は医者ドクターだよ。戦闘なんて出来っこない」


 レオナルドの行動を無駄にしないよう僕も話を合わせる。

 僕のジョブを聞いて、意外そうな反応をする少女。


医者ドクターとか役に立たないジョブなんでやってるワケ? 意味分かんない!」


 腹立たしいなこの糞餓鬼……

 カサブランカの方が何十倍もマシだと痛感してしまうほどだ。

 人を馬鹿にする少女を宥めるように、レオナルドが尋ねる。


「今回の件、一応ホノカに謝っておきたいんだけど」


「ホノカちゃんは今、バンスナ倒すのに忙しいの! アンタらに構ってる暇ないんだから!!」


 一方的に言うだけ言って、魔法使いの少女は立ち去る。

 レオナルドは平静に周囲の様子を見回す。僕もつられて確認したが、変な視線は感じない。

 「店に戻ろうぜ」とレオナルドが耳打ちしたのに、僕は頷いて転移をした。

 店に戻り、早々にレオナルドが謝罪する。


「悪い。あのままだと、あの子。アレ以上に酷く騒ぎそうだったからさ」


 何となくそんな気がしていた。

 ムサシの時と同じで、彼は魔法使いの少女の動向を観察。自身の経験則で、彼女への対応を考え。

 あれ以上、無駄な挑発を促し、騒ぎ立てないよう引き下がった。


 レオナルドは落ち着いていたが、僕は糞餓鬼の鬱陶しさに苛立っていたので。

 最悪憤りを爆発させていたかも分からない。

 僕は盛大に一息つき「こっちこそ」と返事をした。


「僕に気使ってくれて、ありがとう」


「それより……参加取り下げちまったし、軽く騒がれたから、ミナトさんにも伝わってるだろーなぁ」


 名残惜しそうにレオナルドが触れているのは、ミナトに依頼した衣装の事だろう。

 穏便に事が済んだが、僕も不安要素があった。

 目に通したくないが、手元のネット接続で確認していくと……やはり。


 まず『ホノカ』はムサシと同じく界隈で有名人だった。

 SNSも立ち上げ、本名の『天野ほのか』でアカウントを持ち、ギルドのメンバー募集や自身のアバターからメンバー紹介をしている。


 糞餓鬼こと、魔法使いの少女も紹介されている。

 プレイヤーネームは『サクラ』。SNS用に撮影した写真では良い子気取ってるのが腹立たしい。


 今回は大人しく引き下がったが、再び絡んでくる可能性も否めない。

 また鬱陶しい餓鬼の方か、ホノカの方か。

 僕らの噂は、今の所SNS上で飛び交っていないが、サクラが切っ掛けで何等かの晒しに合うのも。


 一先ず、僕も落ち着きを取り戻し、レオナルドに指示する。


「レオナルド。マーティンとのフレンドを解除……いや、ブロックしておいて」


「え? なんで」


「君の個人情報は彼から流れたからだよ。ムサシがホノカに情報を渡したとは思えない」


 僕の言葉に、レオナルドは気まずそうな表情で尋ねた。


「多分、何となく話しちまったんじゃねぇか? ギルドに入ってるならともかく、入ってない奴の情報って重要でもないだろ」


「そうかもね。でも念の為だよ」


「……おう」


 あとは……ミナトに衣装の件を伝えて。

 倉庫の備蓄も確認しておくが、薬品作製に問題ない。残る問題は――武器か。

 当分、事が冷めるまで無暗に町へ向かうのは危険だろう。


 武器の耐久力回復は適当な鍛冶屋ばかり選んで、行きつけはない。

 今回のイベントで、レオナルドが使用する武器を作製してくれる鍛冶屋を慎重に選びたかっただけに、まだ決めあぐねていた。


 ふと、レオナルドが手元の画面を開いたまま、チャットを行っているような動作をしている。

 マーティンとのフレンド解除とブロックに手こずっているのか?

 僕の視線を感じたのか、レオナルドは教えてくれた。


「今回のイベント、出れなくなったってムサシにチャット送ってたんだよ」


 は?


 ホラとレオナルドが普通にムサシとのフレンドチャットを見せてくれる。

 淡白な返事だが、レオナルドのメッセージに受け答えていた。

 一応、ムサシのアカウント状況を確認するが、レオナルド以外のフレンド登録者はいない。


 訳が分からない。

 レオナルドには心を開いているのか? 冷徹無比な鬼人と恐れられている彼が。

 ……待てよ。


「レオナルド。彼から行きつけの鍛冶屋を紹介して貰えないかい」


「鍛冶? 教えてくれっかな」


 界隈の有名人だからこそ、下手にそこらの鍛冶屋で武器の作製や手入れをしない。

 動画内でも、ムサシが武器の耐久力回復を行っているシーンをカットしてあり。

 ムサシが現れた鍛冶屋の噂は巷でも聞かない。彼が信頼する鍛冶師が確実に存在する。


 やや時間を置いて、ムサシからメッセージが届いた。



 ◆



「いらっしゃい」


 僕らを出迎えたのは、鍛冶師の昇格後――『鉄人』の赤毛ポニーテールの女性。

 春エリアらしい茅葺からぶき屋根に土壁の住居。

 鉄人の彼女も腕捲りした着物姿なので、和統一の趣旨なのだろう。


「ムサシの奴から紹介が来るなんてビックリしたよ。あたしは茜。……で、武器作りたいってのはアンタの方だよね?」


 鉄人――茜がレオナルドに確認する。

 展示されてある武器に気を取られていたレオナルドが、咄嗟に「はい」と答え。

 僕に視線を送り、どうするのか無言で聞いてくる。

 彼の代わりに僕が茜に作製したい武器の詳細を説明した。


「すみません。調べても分からなかったのでお聞きしたいんですが――武器の刃をにする事は可能でしょうか? 峰と刃を逆向きにしたものです」


 唐突な提案に茜も反応に困っている。「ちょっと待って」と一旦鍛冶場に向かい、工房で確認した。少し待たされた後、茜は僕らの前に戻って来た。

 一度工房に振り返ってから、改めて僕らに告げる。


「作れなくはないけど……アンタの言ってるのって、こういうこと? 大鎌でいいんだよね」


 依頼内容が内容だけに茜は念押すように確認を繰り返した。衣装の時と同じく、簡易的な鎌のモデリングを僕らに見せる。

 レオナルドもモデリングを覗き込み「どういうことだ?」と僕に問いかける。

 僕は笑み浮かべ、以前挙げた話を持ち出した。


「『ソウルオペレーション』で鎌に乗るって奴だよ。こういう風に鎌を浮遊させて」


 僕がモデリングを操作し、刃を地面に向くようにする。


。これなら柄をハンドルみたいに握れる」


「え、なにそれ」


 と突っ込んだのは、レオナルドではなく茜の方。

 レオナルドは感心して逆さま状態の大鎌を眺めていた。僕は話を進める。


「君、スケボーをやっているんだろう? 足場を上手く操作して攻撃する事も出来るんじゃないかな」


「柄で繋がってるからやり方は変わるけど、言いたい事は分かる」


「あとは実際に乗って浮遊できるか。浮遊移動速度はどの程度か確かめないとね」


 僕らで話が盛り上がってるのを無言で見守っていた茜が、気まずそうに割り込んだ。


「……一応、重量と精度確認に使うレプリカはすぐ用意できるけど」


「じゃあ、お願いします」


「はいはい。変な発想する奴はいるもんだねぇ……」


 武器を取り扱う為、鍛冶屋には武器を試せる練習場が設けられている。

 練習場に移動した僕ら。

 茜がレプリカを作製する過程で、僕らのリクエスト以外にも聞く。


「素材で武器の重さが変わるんだけど、どうする?」


「『鉄』でお願いします」


 茜は、他にも柄の角度や刃の曲がり具合、足場となる峰の厚みも聞き。完成したレプリカを出現させる。

 レプリカを手にしたレオナルドは『ソウルオペレーション』で大鎌を浮遊操作する。

 浮遊操作に慣れ、いよいよ大鎌を逆さにし、峰に片足をかけるレオナルド。


「うおっ!? これヤベーな!」


 体重をかけただけで、鎌が揺れる。

 僕が「無理そう?」と聞くとレオナルドは「多分、慣れる」と何度か挑戦した。要は上手くバランスを取れるかどうかだ。


 レオナルドが両足で峰に乗ると、重量がかかった分、大鎌は大きく沈む。

 大鎌の揺れが収まったのを見て僕は、レオナルドに指示する。


「ゆっくりでいいから真っ直ぐ移動してみて」


「真っ直ぐな。相当揺れるぞ、これ」


 感想を述べながらも、レオナルドは柄を支えに上手く移動を始めた。

 真っ直ぐから、次はカーブ。それから高度の切り替え。徐々に速度を上げる。

 スケボー感覚で慣れてきた頃合いに、レオナルドは僕に伝えた。


「ルイス~、これが最高速度。普通に走るより遅くね」


「うん。そんなものだよ。疲れはしない?」


「ん~………結構、力がいる。STR上げれば長時間いけるな」


「後は三面のボスで回避の練習か……レオナルド、そろそろ戻っていいよ」


 『ソウルターゲット』と同じく、一連のレオナルドの動きは撮影しておいた。

 改善点は後で観察し、探っていくとしよう。

 呆然とレオナルドの動きを見守っていた茜に、僕は尋ねる。


「武器なんですけど、いつ頃完成しますか?」


「……あ、うん。明日には完成するよ」


 降りてきたレオナルドが「そんなに早く?」と驚く。

 確かに、通常の武器作製は時間が必要だ。

 衣装作製なら繊維の着色にどうしても数時間かかるように。

 武器作製なら刃や柄に鉱石を使用する際、魔力で形状を整えられる。だが形状変化に数時間かかる。更に、刃を打ち削り、魔力で形状固定し数時間。

 それでやっと完成する。

 変に疑われたくないのか、茜は種明かしをした。


「あたし、とっくに定年退職のご身分だから暇で暇でやる事がないの。他の人と違って早く仕上げられるだけ。スキルはどうする?」


 アバターは若く設定しているようだが、中身はそうではない。

 彼女のようなプレイヤーはいなくもない。

 むしろ、現実リアルと別人に成り代われるから、美男美女になろうとするプレイヤーが多いか。

 僕はスキル要望を出す。


「盗難防止と防御貫通……あと羽毛の加護をお願いします」


「無難にその三つだよね」


「あと……武器の強化や耐久力回復にも来ていいですか。僕たちワケありなんです」


 レオナルドが付け加えるように割り込む。


「面倒なトラブルに巻き込まれちまったんです。悪い意味じゃないんすけど」


 茜が納得し、呆れた様子だった。


「変な奴に絡まれてるパターンね。VRMMOここじゃ『あるある』よ。このご時世だとSNSだっけ? ネットの晒しやる馬鹿はいるんだねぇ。誰も気分良くならないってのに」


 彼女も慣れた物言いで了承してくれる。

 衣服と武器。この二つは安泰に持ち込めただけ良しとしよう。

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