第21話 気迫

 大男を一撃で倒したおれは、リンちゃんを探して片っ端からこのフロアのドアを開けていった。


(空き部屋ばっかりじゃん……。無駄にデカいビル作ったんだな……)


 全然他に人がいなくて驚きだった。そして、たまたま開けた部屋でようやく当たりを引くことができた。


「リンちゃん!!」


 容姿は前にサリア青果店にお邪魔した時に見たことあるから、ひと目見てわかった。


 部屋の中はソファーやテーブル、棚などが並ぶ応接室のような雰囲気で、そのソファーに座らされていた。

 特に拘束や拷問みたいのはされてないように見える。少しだけ安心した。


「何だテメェは!? 軍の連中が乗り込んで来やがったかぁ!?」


 当然1人でいるわけもなく、一緒に部屋にいたのは見張り役の兵隊が2人。

 1人はおれに詰め寄ってきて、もう1人はリンちゃんの背後に立ち、リンちゃんには見えないようにおれにだけナイフを見せて、牽制けんせいしてきた。


「助けて……助けて……!」


 リンちゃんは恐怖の中、泣きながら助けを求めていた。


 ──何で世の中こんな酷いことするやつがいるんだろう。

 おれは無意識に自分の過去と、目の前にいる敵を重ね合わせてしまった。


 そして、おれの感情は一気に怒りで埋め尽くされた。


 頭に血が上るわけではなく、気分は冷静に、心の中でだけ冷ややかでドス黒い気持ちが沸々と湧いているような感覚だ。


 ────今からの行動はコンマ何秒の世界での動きとなるだろう。


 目の前にいる1人を通り越して、部屋の奥にいるナイフを持ったそいつの背後に瞬間移動をした。


「え──?」


 敵が反応する隙もない速度でナイフを持つ腕を捻り、左サイドからフックで敵の側頭部を殴り飛ばした。


 続けて入り口側にひとっ跳びで戻り、そのまま顔面に空中の前蹴りをヒットさせ、残りの1人も気絶させた。


「ふぅ……、上手くいった」


 修行はしてきたけど、まだ2週間程度。雷々らいらいの力の全てを使いこなせているわけじゃないから、今の段階では失敗するリスクも大きい。


 力が強大だから、コントロールを繊細にしないといけない。


「リンちゃん、怪我はない?」


 リンちゃんは首を縦に振った。とりあえず怪我がなくてよかった。

 ……でも、恐怖や緊張で震え上がっている。


 今も言葉で返事しないところを見ると、気持ちも硬直してしまっているんだも思う。


「この前、リンちゃんのお店にお邪魔したの覚えてる? そん時の自警団のモンだから。安心して」


 リンちゃんは縦に首を振ってくれた。敵じゃないっていう認識はあるみたいだ。


「さぁ、早くここから出よう」


 リンちゃんの手を引いておれは部屋から出た。ここから脱出するためには、当たり前だけど1階まで降りないといけない。

 エレベーターを使えば鉢合わせや最悪止められて袋のネズミになる。ということは消去法で階段で1フロアずつ降りていく他ないな。


「走れる? 階段で一気に下まで降りるよ」

「うん……」


 階段は向かうため廊下の角を曲がると、長い廊下の先には敵の兵隊たちが大勢待ち伏せしていた。


「さっきまで静かだったのに、どっから湧いてきたんだよ……」


 さっきの兄貴分が指示したんだろうな。まぁ大勢相手は慣れてるから不安はない。


「リンちゃん、ちょっとだけここで待ってて。おれが呼ぶまで角のこっち側にいてほしいんだ」


 リンちゃんは頷いて言うとおりにしてくれた。


「チンタラしてる暇はないんだ。さっさとかかってきてよ」


 おれの挑発を合図に、敵さんたちがいろいろガラの悪いセリフを吐きながら走ってきた。

 冗談じゃなくて、本当に今はチンタラしている場合じゃない。


 入団試験の時みたいに、1人1人殴ることはしない。


 ──!!


 おれは両腕に雷を蓄積し、体の前で手を叩いた。


電々蜘蛛でんでんくもの巣!!」


 空気中に放電させることで、正面からやってくる敵たちを全員その電撃で痺れさせることに成功した。……我ながらいい技考えたな。


 戻ってリンちゃんを迎えに行き、一緒に階段を降りた。ワンフロア下の9階に降りると、そこには次の刺客が待ち構えていた。


「はいご苦労さん〜。その娘を渡して大人しく死んでくれや」

「次から次へと……。リンちゃんごめん、ちょっとここ動かないで」


 リンちゃんはこくりと頷き、階段の踊り場で待機してくれた。おれは踊り場から降りて、その場で敵を待ち受ける。

 あんまり前に出ると、おれを無視してリンちゃんの方に行かれるから、この階段の前で防衛戦だ。


「死ねやガキがあぁ!」


 ナイフに鉄パイプにあれやこれやと……ガキ相手に恥ずかしくないのかねぇ。


「はい、電々蜘蛛でんでんくもの巣」


 手を叩いて全員感電させた。いつもいつも暑苦しく殴り合うと思ったら大間違いだよ。

 何人か気合いで立っているやつがいたので、そいつらだけ殴り飛ばした。


「終わったよ、降りようか」


 8階、7階には敵はいなかったので止まることなく通過することができた。

 ──6階。オリフィスさんと合流しようと思ったら、フロアに降りると既に敵が廊下に倒れていた。きっとオリフィスさんがやったんだ。


 おれは6階を見て回り、オリフィスさんを探した。声というか打撃音みたいなのが聞こえてくるから、まだやり合っているんだろう。


 次の角を曲がると、オリフィスさんは誰かと1対1で戦っていた。


「オリフィスさん!」


 おれがそう呼ぶとオリフィスさんは間をとって振り返った。


「はぁ、はぁ、よかった、無事救出したんだな。それなら早くここを出ようか」


 結構顔にアザが出来ている。倒れている人間を見る限り、明らかにおれより大勢の敵を倒してる。

 それに残りの目の前にいるやつは、さっきの兄貴分のやつだった。


「おいガキ、お前何でここにいる」

「何でって、アンタの部下全員倒したからだよ」


 兄貴分は声を上げて笑っていた。


「よぉ兄ちゃんよ、お前ら何者なにもんなんだ。自警団フィストっつうのはこんな猛者だらけなのか」

「物騒な仕事ばっかり任されてるからな。嫌でも強くないといけねぇさ」

「フッ、そうか。それじゃあ決着つけようや兄ちゃん」


 オリフィスさんと兄貴分は再び構えをとった。お互い同時に走り出し、同時に右で殴り掛かる。ヒットしたのは敵の拳だった。


 クロスカウンターを食らったダメージはかなりのもので、オリフィスさんは失神して仰向けに倒れてしまった。


「オリフィスさん!!」

「残念だなぁ兄ちゃん! 悪ぃが生きては返さんぜ!」


 敵は倒れたオリフィスさんの顔面を、追い討ちで蹴り飛ばす。

 おれは急いで助けようと駆け出したが、まさかのここでオリフィスさんが起き上がる。


 獣のように息を吐きながら、白目を向いたまま構えをとっていた。近づいたら殺されるかのような気迫を感じる。


「おいおい、不死身かお前」


 敵は再びオリフィスさんにとどめを刺そうと距離を詰める。


 素早い回し蹴りを顔面に向かって放つも、オリフィスさんは最小限の動きでかわし、敵の軸足を蹴りで払った。

 そして、転倒した敵の顔面をフルパワーで蹴り飛ばす。


 さらには馬乗りになってこれでもかってほど殴り続けていると、敵の方も意識を失っていた。


 オリフィスさんもピタりと動きが止まり、倒れ込んだ。


「オリフィスさん!」


 慌てて駆け寄った。かなりダメージを負っていて、すぐに病院に連れて行きたかった。そんなオリフィスさんをおんぶして再び階段を降りていったおれだった。

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