第16話 雷々

 鹿の精霊は、特に攻撃をしてくるわけでもなく、おれのことを見続けている。

 対するおれは、精霊の目の前まで近づいてきた。


「何の用があってここまで来た、小僧」


 さっきまでの荒々しい雰囲気とは違って、意外と話をしてくれそうだ。


「アンタのその力を貸してほしい。そのためにここまで来たんだ」

「力を貸す……よく意味がわからんな。具体的に言え」

「さっきの白虎と黒龍の力、見ただろ? あんなふうに、おれに力を与えて欲しいんだ」

「なぜお前にそんなことをしないといけない」


 それ言われると返す言葉がないよ。


「…………おれを助けるため?」

「知らん、帰れ」

「うそうそうそ! っていうか嘘ではないけど! とりあえずおれの思いを聞いてくれ!」


 おれはしがみついて懇願した。っていうか何おれ、殺されるかもしれないのに馴れ馴れしくしてるんだろ。


「ああ鬱陶しい! わかったから離れろ!」


 よし、粘り勝ちだ。


「とりあえずここ、座っていい?」

「好きにしろ」


 おれは、精霊の横にあぐらをかいて座った。

 土砂降りで景色は悪いけど、崖から景色を眺めながら話し始めた。


 自己紹介から生い立ち、今の暮らしや今後の目標など、あとは今の世界がどんなふうになっているか、とか。


「……ってなわけ」

「お前は話しが下手だな」

「うっさい」

「でもまぁ、大方おおかたわかった。お前も若いながらに苦労してきたというのも、目を見ればわかる」

「お、おう」

「力を与えるのは別に構わない」

「……マジで?」

「ただし、交換条件だ。タダで力を得られると思うな」

「おれは何をしたらいい?」

「お前を通して、世界を見させてくれ。今の世界と……


 おれは思わず沈黙して、次第に笑みがこぼれてしまった。


「わかった、任せてくれ」

「それが私とお前の契約だ」


 全然争いにならずに、すんなりと話が進んでよかった。なんとかおれも加護持ちになれそうだ。


「…………」

「…………」


 ん?


「…………」

「…………」


 何この沈黙。


「ねぇ、なんかこんな言い方するのもアレだけどさ、力ちょーだいよ」

「え、いや、お前が何か教えてくれるんじゃないのか?」

「ん? 何のこと?」

「力の渡し方なんか知らんぞ、私は」

「…………」


 互いに見つめ合って再び沈黙した。


「はあぁ!? そんなのおれだって知るわけないだろ! アンタそれでも精霊かよ!」

「こっちだって人間に力を貸すなんざ聞いたことすらないわ! 精霊をなんだと思っている!」


 マジかよ。ここにきてこんなオチって。


「そうだ、貴様の仲間に虎とか黒龍とか持ってるやつが……」

「アンタが開口一番ぶっ飛ばしたわ!!」  


 思わず熱くなってしまっていたおれ。社長たち、早く戻ってこないかな。


「よし、わかったぞ。ちょっとそこに立ってみろ」


 何かやり方がわかったのか? とりあえず言われたとおりにしてみよう。


 おれは不安を感じながらも、言われたとおりに立ち上がった。精霊がそのまま動かないでくれと言うので、じっとすることに。


「いいか、しっかり受け取れ」


 何をするかと思えば、精霊は得意の雷を頭上に蓄積し始めた。

 その雷は徐々に大きくなっていき、何メートルもの球体が出来上がった。


「ちょっと待って……それホントに……」


 おれは不安と恐怖で、体が震え始めた。


「いくぞ、若者よ」

「いくぞじゃないって……それ絶対死ぬやつだからダメダメダメタンマタンマうああああぁぁぁぁぁ!」


 全身に焼けるような感覚が広がり、視界が真っ白になった。


「…………勢いでやってしまったが、なんとか上手くいったか……?」


 しばらく放心状態になっていたけど、次第に意識を取り戻した。

 けど、頭はボーッとしているし、視界も真っ白のまま、下を向くと自分の体は見えているような状態だ。


「おれ、生きてるのか……?」


 ふと目に入ったのが、自分の体に纏われていた雷。点滅するように小さく弾けるその感覚は、言葉で表すのは難しいけど、おれの一部になってるって思える頼もしい感じだった。


「あとは己で力を育てろ。そして強くなって貴様の夢を実現させてみろ。私はこの力を通していつも見ているぞ───」


 精霊の声が聞こえたけど、夢なのか何だったのかわからなかった。

 それからまた、意識を失ったおれだった。







 ◇







 目を覚ますと、社長、おっさん、運転手さんの3人の顔が同時に視界に入った。


「おいエレナ、大丈夫か!」


 その背景には、昨晩とは打って変わって青空が広がっていた。


 重たい体を起こして辺りを確認してみた。場所は変わらない。夜から朝になっていて、天気がめっちゃいい。

 そして、おっさんたちがいて精霊の姿がない。

 

 あの精霊に雷を浴びせられてから、気絶してたんだな。死んだかと思ったけど、そんなことはなかったみたいだ。


 そういえば、力の受け渡しは上手くいったんだろうか。


「とりあえず大丈夫。昨日、いろいろあったけどあの精霊とも上手くやれたから心配しないで」

「そりゃなによりだ。で、加護は与えてもらったのか?」

「それが、よくわからなく……いや、貰った。忘れそうだったけど、確かに貰ったよ」


 半分夢かと思ったけど、あれは夢じゃなかったんだと思う。


「とりあえず、使ってみたらいいんじゃねえか?」

「精霊の加護って、どんな感じで使ってるの?」

「んんー何というか、手がもう一本あると思って、それを動かすような感覚だな」

「な、なるほど」


 雰囲気はわからないでもないけど、いざやろうと思うと難しい。

 おれは誰もいない方を向いて、手を前に掲げた。とにかくイメージだ。この右手から雷を放出するイメージ。


「おっ、いきなりか」


 イメージとは違って雷を飛ばすことは出来なかったけど、昨晩のように体に雷を帯びることに成功した。

 やりたいように出来ないところは、これから鍛錬が必要だな。


「よっしゃ、それじゃあ目的も達成した事だし、帰るとするか」

「おう!」


 おれたちは、馬車に乗ってアミノスの街へと出発した。


 ちなみに、おれは力を与えてくれた鹿の精霊を、"雷々らいらい"と名付けた。


 心の中でそれを伝えてみたけど、伝わってるかな。これから、この雷の力を駆使してどんどん強くなっていこう。

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