第2話 救世主

 おれとかーちゃんが、しばらくとーちゃんの手を握ったまま涙を流していたそんな時、街の人が兵士を連れてやってきた。


「こっちです! 兵士の人がナイフで……キャア!!」


 倒れているとーちゃんや兵士たちの姿と血を見て、連れてきた女性住民は驚いていた。


「大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」


 唯一生きているおれたちに歩み寄る兵士。だが、かーちゃんがそれを拒んだ。


「近寄らないで!! あなた達兵士に主人は殺されたの! もう信用できないわ!!」


 かーちゃんの反応に驚いて立ち往生する兵士。本当に善人の兵士なら言いがかりかもしれないが、おれたちからしたら最もな心境だ。


「話はこの方から聞きました。私たちはそいつと違って、真っ当な兵士です。あなた達を守る為に動きます」


 錯乱しているかーちゃんは返事もせずに、まだまだ泣き止まなかった。おれはそんな状況を変えたくて、子供ながらに立ち上がってかーちゃんの手を引いた。


「行こうかーちゃん。早く逃げないと、敵襲ってやつが来るんでしょ」


 かーちゃんは中々立ち上がってくれない。


「とーちゃんいつも言ってたよ。おれたちが毎日元気で過ごせるのは、かーちゃんのお陰だって。美味しいご飯作ってくれたり、毎日洗濯して綺麗な洋服を着させてくれたり、男には出来ないことだって。

でもね、そんなかーちゃんにも辛い時がくるかもしれない。そんな時は、おれたちが立ち上がって手を引いてやるんだってね。それは男にしか出来ないことだって」


 おれは少し力を入れて手を引き上げると、それに応じてかーちゃんは立ち上がった。


「だから、辛いけどおれも頑張ってかーちゃんを助けるから。とーちゃんみたいにかっけぇ男になるから」


 おれは涙と鼻水を垂らしながら、格好つけてかーちゃんを見つめた。


「立派に育ったわね……」


 かーちゃんは涙を拭って、表情を変えた。


 立ち上がったおれたちは、とーちゃんに心の中でお別れを告げ、移動することにした。


 ふと街の東側を見ると、先ほどまで遠くに見えた火事がおれたちのいる西側まで侵食してきているのが感じ取れた。


 と同時に、街の人々が視界に入るほどの距離まで、再び避難してきていた。


「奴らがもうそこまで来ているようです。こうなったら西門を早く開けましょう!」


 先ほど駆け寄ってくれた兵士を筆頭に、後退してきた兵士たちの何人かが西門を開ける作業に取り掛かった。


「早く門を開けてくれぇ!!」

「嫌だぁ!! 死にたくない!!」


 再び密度の濃くなったこの場所が、ついに敵で言う最前線の戦場となってしまうようだ。


 味方の兵士たちはごく僅かしか残っておらず、立ち向かうも呆気なく敗れていく姿が遠目ながらに見えてしまった。


 おれたちはとーちゃんの遺体が踏まれると嫌なので、2人で道の端っこに引きずった後、開かれる西門の目の前で一番に待機した。


「エレナ、絶対にかーちゃんから離れないでね」

「うん、わかった」


 兵士同士で声を掛け合いながら、大きな両開きの門がゆっくりと開かれた。


「行くよ」


 おれとかーちゃんと、後ろにいる他の住民達は、一斉に走り出した。


「────っ!!」


 と、その矢先、思わず急ブレーキで足を止めてしまった。


 なぜなら、やっと逃げられると思った門の外には敵と思われる大勢の武器を持った輩が集結していたからだ。


「やっと出てきたなぁ。待ちくたびれたぜ、羊ちゃんたちよぉ」


 この口ぶり、間違いなく敵だ。何十人もいて、とても突破できる状況じゃない……絶体絶命だ。


「狩りつくせぇ!!」


 敵の軍勢が一斉に走り寄ってくる。終わった……。


 おれは再び恐怖で立ち尽くす。かーちゃんはそんなおれを抱きしめる。他の住民も同じ様子で、呆然と立つ者、街に戻る者、無謀にも立ち向かおうとする者と、様々だった。


 ────何なんだよこいつら。おれたちが何したって言うんだよ。


「頼むからもうやめてくれ!!」


 おれがそう叫んだと同時に、目の前に爆発のような大きな衝撃が起こった。土煙が舞って前がよく見えない。


「ギリギリセーフだったか……? 怪我はねぇか、ボウズ」


 誰か知らないけど、目の前にさっきまで居なかった人が立っていた。


 軍の兵士と思ったけど、服の色が違った。


 茶色とか緑とかが混ざった迷彩柄の軍服に対し、この人の服は形は一緒だけど色は真っ黒だった。


 白髪、じゃなくて銀色の髪をしたガタイのいいおっちゃん。他の兵士と違って、とても強そうな雰囲気を感じた。


「あなたは……?」


 かーちゃんが訪ねた。


「ロマーニの街で自警団をやってるもんです。なぁに、心配しなさんな。この街を守りに来た味方ですよ」


 銀髪のおっちゃんは、そうやってにっこりと笑っておれたちを安心させてくれた。


 怯んでいた敵達は、再び大勢で向かってきた。


「てめぇらが行くのは牢獄じゃねぇ……地獄だ!!」


 今度は一変して、怒りの様子が背中越しに伝わってきた。そして、おっちゃんは体から、前に飛び出した。


「死ねやおっさん!!」


 敵の先頭にいたやつが、剣を振りかざしておっちゃんを襲うも、最小限の動きでかわして顔面に強烈なパンチを食らわせた。


 あまりの威力に、そいつは味方を巻き込みながらかなりの距離をぶっ飛んでいった。


「つ、強ぇ……」


 おれはおっちゃんの強さに驚いた。


「チンタラやってる暇ぁ無え。さっさと終わらせる」


 今度は体から出ている黒いオーラが、敵の上空で複数、筒状に形を成していく。


黒柱くろばしら……立柱りっちゅう!!」


 そしてそれが敵の頭上から凄まじい勢いで落ちていった。衝撃が強く、風圧や土煙が凄い。


 常軌を逸した攻撃に、敵のほとんどが倒れていた。でも、運良く柱に当たっていないやつが何人かいる。


「解体──!!」


 おっちゃんが握っていた拳を開くと同時に、今の黒い柱が爆発するかのように弾けて、残っていた敵たちを吹っ飛ばした。


 あっという間に外にいた敵は全滅してしまった。


「さ、今のうちに避難してくれ。おれは中の敵を退治してくる」


 突如現れた黒い軍服のおっちゃんのおかげで、逃げ道が確保された。


 絶望から一転、生きる希望が持てたおれたち住民は、いつしか安堵あんどの表情へと変わっていた。


 この人はおれたちの救世主だ───。

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