第6話 不屈の精神
残り99人。おれたちは再び駆け出して、敵との距離を詰めていった。
今ので完全にビビりが入ってるな。チャンスだ。
集団に向かって直進すると、目の前の敵たちが構えをとった。
だけど、おれたちはそれぞれ強く地面を蹴って、おれは右に、なっちゃんは左に90度方向転換した。
二手に分かれて集団の端っこにいる奴らから叩く作戦だ。
これは心理的な話だけど、群れで戦うやつらの大半は、心のどこかで奢りと油断が生じている。
特にそれは群れの後方に控えているやつと、両サイドにいるやつに該当する。
───仲間がいるし、自分とは距離があるからまだ何もしなくていい。そんな油断を首からぶら下げた奴らにまずは鉄拳制裁だ。
端っこにいたやつは慌てて構えようとしたが、そんな悠長なことをしているやつの顎に遠慮なく左ストレートを打ち込んで失神させた。
続けざまに1人、もう1人と、確実に顎を狙って少ない打撃数で沈めていった。
20人くらい倒したところで、おれはいったん距離をとった。相手も攻めてくることはなく、
……聞こえてくる音から察するに、なっちゃんの方は途切れることなくやってるみたいだな。まだまだ兵士の数が多いから向こうが見えないけど。
「自分、めちゃくちゃ強いなぁ。驚いたで」
群れの中から出てきたのは、少し変わった喋り方をする、白髪で背が少し高めの男だった。直感だけど、今までのやつらとは格が違う気がする。
「先輩方が弱すぎるんじゃないですか? そんなんじゃ急に戦争が起きても街を守れませんよ」
おれが嫌みを言うと、白髪の男は大きく笑った。
「なかなか厳しいこと言うてくれるやん。自分、名前は何て言うん?」
「エレナ・アリグナク」
「エレナか。おれはレビン・リックや。ほな、お手並拝見と行こか」
レビンが1人で距離を詰めてきた。不気味な感じがするけど、気にせず強気でいこう。
おれは走り出して、跳びながら回転蹴りを放つも、しゃがんでかわされた。
着地後すぐに振り返って殴り掛かると、同時に相手の拳が飛んできていた。
悔しいことに、敵の方がリーチが長く、おれは殴り飛ばされてしまった。
すぐに起き上がって反撃しようとしたが、レビンの追い込みが速く、蹴りから始まる怒涛のラッシュ攻撃をお見舞いされた。
おれは何とかガードして持ちこたえたが、それでも結構なダメージをくらった。
「どや、ロマーニ兵も捨てたもんやないやろ」
パンチのフェイントから、レビンが視界から消えた。そう思った次の瞬間、おれはタックルを食らって仰向けに倒されてしまった。
(下に沈んでたのか、やばい、このままじゃやられる……!!)
マウントを取られてしまい、相手の思うがままに顔面を殴打される。下から殴り返そうと拳を振るうが、いとも簡単にかわされてしまう。
「悔しいなぁ? 思い通りにいかんで歯痒いなぁ?」
ニヤけたようなツラで言ってくるのがムカつく。
ひたすらガードを続けるのもなかなかしんどい。そんな時、向こうのほうからなっちゃんが何か叫んでいるのが聞こえた。
「エレナぁ!! アンタはこんなとこで終わるんじゃないでしょ! 目標はなに! 何のために修行してきたの!」
戦いながらも大きな声でおれを鼓舞してくれる。それを聞いておれは、不思議と笑いが出てきてしまった。
「な、なんや、気持ち悪いやっちゃな」
おれは殴ってくるレビンの腕を各々の手で掴み、手前方向に引っ張った。
そして、バランスを崩して倒れてくるレビンの顔面に向けて、ありったけの腹筋力を使って本気の頭突きをくらわせた。
レビンは鼻血を出しながら仰向けに倒れた。
「へへ、そうだった。おれの目標はミリガン・ライラスをぶっ飛ばして世界を平和にすること……。こんなところで負けてちゃ、目標もただの戯言にしかなんねぇ」
かなり殴られたはずなのに、何故か逆に体の調子がいい。精神的にも不安や緊張は一切なくなり、今なら誰にでも勝てそうな自信に満ち溢れていた。
「残り何人いるか知んねぇけど、アンタら覚悟しろよ。舐めてかかると全員、この人みたいに鼻がボキ折れるかんな」
「ほざけ小童が!!」
レビンに任せきりで待機していた残りの兵士たちが、一斉に襲いかかってきた。
おれは深呼吸した
目の前のやつから、順々に殴り飛ばしていき、いろんな方向から飛んでくる拳や蹴りは、目視と直感だけでかわしていった。
……って言いたいけど、本当は結構食らった。こんな大勢の攻撃をかわすのはハッキリ言って無理だ。
それでもアドレナリンのおかげか、痛みで怯むことはなく、狂ったように笑いながら暴力を振るっていった。
「はぁ……はぁ……エレナ、やっと会えたね」
「さっきはありがとね、なっちゃん」
敵の群れがやっと少なくなり、ようやくなっちゃんと合流できた。
残る敵は……数えてみると8人だな。
1人だけ、見た目からして格が違うやつが残っている。あとは他と同じ普通の兵隊ってとこか。
もう少しのところだけど、拳がかなり痛くなってきた。
特注のグローブをつけているとはいえ、何十人も殴ってたら拳も馬鹿になってしまうよな。早く終わらせないと。
「見てたぞ小僧。レビンをやるとは、なかなかのもんだ」
上から目線で話しかけてくるのは、残党の中でも1番ガタイのいい、貫禄のある男だった。
「ウチのやつらもそれなりに腕は立つほうなんだがな。こうもあっさりやられちまうと王国軍の名折れだ。ここいらで潰させてもらうぞ」
「なっちゃん、あのガタイのいいのはおれがやる。後ろのやつらがもし動いたら、そんときだけ手伝ってくれないか?」
「いいよ。思いっきり暴れておいで」
疲労とダメージが重なる中、なっちゃんはそれでも笑顔でいてくれる。つられておれも表情が柔らかくなってしまうけど、それは余計な力が抜けておれにとってはいい傾向だ。
「よっしゃあ! ラストスパート、気合い入れていこうや!」
おれはテンションを上げて、貫禄男と同じように前に歩き出した。お互い、次第に走りだし、バトルスタートだ。
先手を打ったのはおれの方。
力いっぱい地面を蹴って敵の顔面に飛び膝蹴りを放つも、筋肉モリモリの腕でガードされる。
殴ってきた敵の拳を半身でかわし、右手で素早くジャブをヒットさせた。
連続して左ストレート、右フックを命中させ、続けようとしているとおれの服を掴もうとしてきたので、一旦下がって距離を取った。
おれは地面の砂を右手で握ると、前進しながら相手の顔面にそれを投げつけた。
顔を両手で塞いでいる隙に、今度はボディ、それも肝臓狙いで右腕を振り抜いた。
「───っ!!」
「小賢しい」
こいつ、上手い。確実に狙ったつもりだったのに、おれの拳に合わせて上半身を捻って直撃を防いできた。
何で顔塞いでてそんなこと出来んだよ。
そして、振り抜いた拳を戻す最中に、相手の右膝蹴りがおれの顔面に直撃した。
あまりの衝撃に、後ろに思いっきり倒れてしまった。
「スジはいいが動きが短調だな。それに、その若さでは単純に筋力の差が大きすぎる。何年後かに出直してこい」
倒れているおれに追い討ちもかけず、背中を向けてきやがった。こいつ、イラつくけど確かに強い。
でも……、
「アラケスのおっさんのパンチのほうが100倍痛ぇ。そんなんで偉そうな口、叩いてんじゃねぇよ」
おれは口やら鼻やらから出てくる血を拭いながら立ち上がった。
「……次は鼻血じゃ済まさんぞ。覚悟しろ小僧!!」
さっきまで淡々と話していた貫禄男は、一変して荒々しい雰囲気に変わった。
ヤツも本気で来るってわけだな。だけど、おれも一歩も引く気はない。
「かかってこいや筋肉ダルマぁ!!」
おれも怒りを露わにし、叫び返した。
ヤツもおれも、さっきまでとは段違いのスピードで距離を詰め、互いに右ストレートを放った。
鈍い音は両方の顔面から発され、2歩3歩よろけて下がるおれたちは、間髪入れずに再び激しい殴り合いを始めた。
体はとうに限界を迎えていて、今は気力だけで保っている状態だった。
「いい加減くたばれやぁ!!」
敵の裏拳がおれの側頭部に直撃し、ぶっ飛ばされてしまった。
やばい、意識が飛びそうだ。地面に横たわったまま、なんとか意識だけは失わないように、地面を何度も殴って痛みで目を覚ました。
意識が朦朧として、身体の感覚も無くなってきた。視界も殆ど真っ暗というか、目は開けているのに何も認識できない。
───それでもおれは、気合いだけで立ち上がった。
「これで終わりじゃあ!!」
多分いま、敵のパンチか何かが飛んできているだろう。そんな時だが、一瞬脳裏には1年前の情景が浮かんできた。
おっさんと修行していた時だ。殴り合いでこてんぱんにやられて、やる気を失ったあの時、おっさんに言われた台詞があったな───。
おれは今の一瞬のうちに意識を取り戻し、ぼやけていた視界もいくらか見えるようになった。
顔面に向かって敵の拳が飛んできていたが、寸前のところで上半身を傾けかわし、同時に脚を引っ掛けて転かすことに成功した。
最後の力だ。次で勝てなかったらおれの負けだ。
敵から離れたところに移動し、その場で地面の土を足のつま先で掘り下げた。そうして出来た少しの溝に右足をはめ、重心を低く構えた。
敵もすぐに立ち上がって、こちらに向かって走って来ていた。
「筋力の差がどうとか言ってたけどよ、そんなもんこちとら百も承知なんだ。おっさんとの修行では技よりも基礎訓練の地獄だったんだよ」
筋肉は太くはないけど筋力はそこら辺の軍兵よりかは付いている。
それでも人間の成長速度的に、年齢というハンデは絶対ついてきてしまう。だからそこから先は、アイデアで補うしかない。
『喧嘩は根性!! 最後まで立っていたやつが最強だ!!』
おれは下半身、特に右足をメインに力を入れ、全力で地面を蹴って前に飛び出した。
そして、コンマ数秒後には、おれの伸ばした右拳は敵の顔面を捉えていた。
「奥義、閃光突き──!!」
貫禄男を演習場の端までぶっ飛ばし、そこのフェンスにめり込んで気を失った。
対するおれも、閃光突きで飛び込んだまま、地面に倒れて気を失ってしまった。
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