第48話 屋根の上でひみつのおはなし

雨あがりの屋根瓦は、陽射しを受けながらキラキラと輝いていました。

裸足のまま、そこに足を投げ出して座ると、むらさきさんの隣にライアがすり寄って来て、にゃ〜と鳴いて小首を傾げました。

むらさきさんは、ひょいとライアを抱えてお腹の上に乗せると、ひんやりとしたスモモみたいな肉球をやさしく撫でてあげました。

さっきまでの重たい雲は途方へ暮れて、その代わりに高層ビル群を覆うような大きな虹が現れました。

むらさきさんは、湿気を帯びたライアの身体を撫でながら、時折ピクピク動く長いヒゲ見て微笑みました。

そうしていると、心が通じ合えるのです。

ライアは喉をゴロゴロ言わせながら、気持ち良さそうに眠っています。

むらさきさんは、ぼんやりと虹を眺めながら、これまでの時間を振り返りました。

都会の人間関係に疲れ、一時期は田舎暮らしを始めたものの、そこでも心は窮屈で ー自分はどうして人間に生まれたのか、生きている意味はあるのだろうか、居てもいなくてもどうでも良い存在なのではないかー 等とネガティヴな感情に支配されたまま、富士の樹海の入り口まで差し掛かると、鍾乳洞の側で昼寝をしていた野良猫に生命を救われたのです。

黒猫はむらさきさんに気が付くと、すっくと起き上がって足元に擦り寄って来ました。何にも言わずに、喉をゴロゴロと鳴らしながら。

死を決意した筈なのに、空気の読めない黒猫は目を細めながらすりすりすりすり。

ロープも用意して結び方もしっかり練習したけれど、そんな事情もお構いなしに勝手気ままな黒猫は、尻尾をピンと立てながら、いつまで経ってもすりすりすりすりすーりすり。


「お腹すいているの?」


そう言うむらさきさんと、KYな黒猫は言葉が通じませんでした。

けれど、涙は自然と溢れ出していたのです。

必要とされている気がしました。

まだ早いよと、笑われている気もしました。


「おまえはなんだよ・・・樹海の門番なの?」


「ナァ〜ゴ」


「なんだよ・・・私なんて・・・私なんか・・・」


「なぁ〜ご!」


続きの言葉はグッと胸に仕舞い込みました。

全力で甘えてくる黒猫に。


私なんか死んでもいい人間なんだよ。


とは言えなかったからです。

むらさきさんは今でも思っています。

命の恩人はKYな黒猫だと。

大きな虹の向こうには、飛行機雲が浮かんでいました。

すぐに消えてしまう雲は、生きている時間の記憶のようでした。

むらさきさんはライアに語りはじめました。


「きみたちはあれだよね。自ら死を選ぶことはないんだよね・・・だから毎日毎日を一生懸命に生きている。食べて飲んで、走って眠ってさ、笑うこともあるの? そりゃああるよね、ごめんごめん。けどね、人間って自殺しちゃうんだよ。色々あるのね・・・疲れちゃうんだよね、頭でっかちなんだよ・・・虹・・・虹色・・・綺麗だね。あ、知ってる? あの虹の橋を渡りましたって言葉。みんなが想像している世界なんてないよ。ないんだよ、天国も地獄も、私は知ってるんだ・・・あ、そんなに大きな欠伸しちゃって、退屈なの? つまらないですか!? こちょこちょこちょぉ〜って、どっしりしてるなあ・・・うん、きみたちは偉大だよ。偉大なる猫様・・・そう、私の命の恩人だからさ。私よりも長生きするんだぞ。生きなきゃね、しっかりと丁寧にさ・・・生命を棄てるのなんていつだってできるから、今は私ね、きみの為に生きてるの。迷惑じゃ・・・ないよね。うん。迷惑ではなさそうだな、よろしいよろしい・・・でも・・・自殺した人は地獄に堕ちるなんて言うじゃない・・・アレ、嘘だよ・・・どうしてでしょう? あ、きみ重たくなったな。ごめんね、足ブラブラ嫌だよね、調子に乗っちゃった・・・地獄には堕ちないよ。だってさ、自分から死んじゃう人はみんな病気なの。多分心と脳の病気なんだよ。だからさ、病いと闘ってた人たちが地獄になんて堕ちないから。絶対に堕ちないから・・・それよりもさ、生きているうちにちゃんと病気を治さなくちゃね・・・」











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