第47話 みんなは鳴いているんじゃなくて、泣いているんだ

公営の星の里東京斎場には、国道から死角の場所に擬人専用の火葬棟がありました。戦後すぐに建てられたその施設には、今ではあまり見られなくなった真っ白な煙突が聳えていて、火葬の際には、立ち上る煙がぼんやりと天に吸い込まれていくのでした。

斎場に併設された新火葬棟は、人間専用で煙突はありません。

遠い昔に神ねこ主様が。


「高性能な火葬炉を擬人にも!」


という声をあげても、盛り上がりを見せたのは一部の擬人活動家だけで、人間社会ではたちまちのうちに抹消されてしまいました。

それくらい、人間の力は絶大なのです。

コンクリートみたいな雲の切れ間に青空が見えても、その世界にミキの魂が吸い込まれることはなくて、煙突から立ち上る煙は、泣き始めた風に吹かれて散ってしまうのでした。

ぽつり、またぽつりと、ガラス玉みたいな雨粒が地面に弾けても、みたらしと雪之丞は黙り込んだまま、この世界から旅立つミキの姿を眺めていました。

ふたりの周りには、いつの間にか土管公園の仲間たちも集まっていて、神ねこ主様を支えるびびりのよもぎ、鼻をトナカイみたいに真っ赤にして泣いていました。

お喋りの鈴吉とカッコつけのあずきは、双方の腰に結わえたロープの先で、段ボール台車の中で眠っているあんこを起こさないようにと、顔をぐしゃぐしゃにして涙を堪えていました。

ツンデレミィと、のーてんきなぶちは、みたらしと雪之丞が座っているベンチの下で、身体を強張らせながらしくしくと泣いています。

みたらしが、唇をグッと噛んでから呟きました。


「こんなの・・・理不尽だよ・・・そんなに人間って偉いの? 変だよ、おかしいよ・・・ずるいよ・・・おかしいよ・・・」


雪之丞は何も言えないでいました。

人間になれても、余計なものがいっぱい背中にこびりついて、息苦しくなったり逃げ出したくなったり、擬人になる前の尊厳や自由が懐かしく、そして、低いところから見上げる世界がよっぽど幸せだったのではないか。そう考えていたからです。

口をモニョモニョと動かして「ナァーゴナァーゴ」と天に向かって語る神ねこ主様を見ても、雪之丞には衝動で鳴いているのか、それとも、感情で泣いているのかは判りませんでした。

みたらしは雪之丞に言いました。


「逃げた人・・・罰金だけ・・・ミキちゃん死んだのにお金だけって・・・お金ってなんなの!? イヤだよこんな世界」


「私だって・・・」


「・・・イヤだよこんなの」


「上から見上げる世界なんて、結構毛だらけ、猫肺だらけ・・・」


激しい雨足は線を描きながら、土に跳ね返って雫へと変わっていきました。

真っ白な煙突は、墓標のように何も語らず、そっと稲妻の行く末を見守っています。

この場には落ちてくれるな。

この場には決して落ちてはくれるなと、まるで天に懇願しているようでした。


同じ色をした空の下。

思いがけない土砂降りの雨音を聞きながら、かもちゃんず1号と2号は、おちゃかまの湯の浴槽で、ぷからぷからと浮かんでおりました。

黄色いあひるのおもちゃをボール代わりに、互いのクチバシでゆったりとしたラリーをしながら1号が。


「いいじゃねえか。なあ。怒り任せのお天道様の癇癪ってか。それを聞きながらよ、こうやって風呂に浸かって養生する。いいじゃねえかなあ。粋なもんだよ。え、雨音はバッハかモーツァルトかそれともショパンの調べってな具合でさ、なんも問題ねえんだよ。考え込んじゃいけねえ。埒があかねえよ」


「おら、なんにも考えちゃいないよ・・・よくあることだし慣れちまったんだ・・・けんどまあ、おらもつくづく鴨でえがったって思ったよ。前は違ったけんどさあ・・・」


「だろう!? 着の身着のままどんぶらこっこってな、気ままに川の流れに身を托す生涯。悪くねえんだよ、うん、これでいいんだよ」


「んだんだ」


「猫なんてまっぴら御免だね、欲があっからしどい目に遭うんだ! 大人しく生きてりゃあいいのによ、あっちこっちに目が行きすぎて、気付いた時にはお終いだ。木から降りれなくなるってやつだよ。ざまあねえやな」


「んだんだ」


黄色いアヒルのおもちゃは、表情を変えることなく1号と2号の間を行ったりきたり。時折、くるくると回転しては、プカリプカリと流れに身を任せています。

かもちゃんずは、そんな意思のないプラスチックの塊を眺めながら、胸がきゅんと締め付けられてしまいました。

自分達を観ているようで、悲しくなったのでした。

心配症の2号は、クチバシをカチカチ言わせながら、真っ黒な瞳に涙を溜めて言いました。


「んだどもぉ! んだどもぉ・・・あいつらなんも悪いことしてねえべさ。ねずみ誘拐しただけだべさ、理由だってヒトになりたかっただけっしょ、みんなヒトになってんべ。その代償が死ぬことなんてあんまりだべ」


「言うな2号! それ以上言うとおいらだって・・・」


そう言いかけた1号も、実は我慢の限界でした。

辛抱堪らずおいおい泣き出すと、つられた2号も羽根を震わせて泣き叫びました。

雨音は既に、聞こえなくなっておりました。
















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