第40話  綺麗なはなちょうちん玉

街灯りやネオンサインの光を反射しながら、虹色に輝くはなちょうちん玉はとても綺麗です。そこから聞こえる眠り姫のあんこの声は、不思議とみたらしの不安な気持ちを和らげてくれました。

道行く人々は、巨大なしゃぼん玉を追いかけるみたらしを好奇な目で眺め、ふふっと笑って通り過ぎて行きました。

たどたどしいスキップが、なんとも可愛らしく見えたからです。

どうやら眠り姫のあんこの声は、みたらしにしか聞こえていない様でした。


「かも~ん」


の響きに誘われて、着いた先は我が家です。

綾野姫実篤邸の赤レンガの蔵の前には、人間の親指くらいの木の板が立掛けられてありました。

ようく見ると、それはアイスキャンディーの当たり棒で。


『柳ねこ町3丁目・テンシキ司祭一家誘拐及び監禁並びに脅迫・暴行・傷害・名誉棄損諸々の事件捜査本部・あたり』


と書かれてありました。

はなちょうちん玉は板の端っこにぶつかって、ぱちんと弾けてしまいました。

中からは神ねこ主様の声が聞こえます。


「おお~い、入っておいで、みんな待っとったぞぉ!」


正面扉から蔵の中へ足を踏み入れると、壁掛けのランプから、キチジュウロウの実の香りが漂っていました。

アロマキャンドル風の電光色に包まれた空間では、ペルシャ絨毯には不釣り合いな事務デスクが置かれてあって、年代物の黒電話の上で、ねず市が葉巻を咥えながら演説をしていました。

ねず華とねず坊は、ラッパを咥えながらシュプレヒコールを浴びせていますが、何を訴えているのかは解りませんでした。ぷうぷうと鳴るラッパの音のせいで、彼らの声もぷうぷうとしか聞こえなかったのです。

そんな中で、みたらしがいちばん感動したのは、この場所に大好きな仲間がいたことでした。

パイプ椅子に鎮座する神ねこ主様の隣には、びびりのよもぎが目をまんまるにしてねず市の演説にどぎまぎしています。

はなちょうちん玉という魔法を使った眠り姫のあんこは、みかんの段ボール箱の中でくぅくぅと寝息を立てて眠っていました。

お喋りの鈴吉は小声で何やら呟いていて、隣のあずきはカッコつけながら短歌を詠んでにんまりしていました。

ツンデレミィとのーてんきなぶちは、身体をくっつけ合って毛繕いの真っ最中。

大きな老木は見当たらなくても、この光景は土管公園さながらで。


「みんな・・・みんなが生きてるぅ!!!!!!!!!!」」


と、皆に頬ずりして回るみたらしを見て、壁に寄り掛かっていたりりと翔也は唖然としました。

歓喜しながら泣き叫ぶみたらしの心情が判らないので無理もありません。

ネコ達はにゃーごにゃーご。

ねずみ達はちゅうちゅう。

重なる不協和音に堪り兼ねたりりは。


「ちょっと・・・感動の再会のところ悪いんだけど、通訳して欲しいの」


「え?」


「私達ちゅうちゅうにゃあにゃあしか解らないんだ。ネコジンだけど言葉が理解できないの。産まれた時から人間だから」


「あ、ごめんなさい。わかりました。任せて下さい」


みたらしは、自分が選ばれし者である事実をすっかり忘れておりました。

4年に一度のサイクルで、ネコジンは希望する者だけが元の姿に戻れるのです。

選ばれし者にキチジュウロウの実で造った酒を飲ませ、結界の中央に立たせて逆さテンシキの儀を司る。進行役は司祭であるねず市、ねず華、ねず坊で、酔えや唄えやの宴の中でネコジンはネコに返るのですが、前回の希望者はライアだけでした。それだけ人間が魅力的だという事を露呈する結果に、神ねこ主様はいつも嘆いておりました。


「これより捜査会議を行う!」


威勢のいいねず市の声と共に室内が暗くなると、壁掛けのワイドスクリーンに顔写真が映し出されました。

ビフォー枠はネコの写真で、アフター枠はネコジンに生まれ変わった姿です。

あぶらたにの7つの子の変身ぶりにネコたちは、やんややんやキャッキャと感嘆の声をあげて走り回りました。みたらしも仲間に加わろうとぐるぐると追いかけますが、目が回って転んでしまいました。

進まない捜査会議に業を煮やしたねず市が。


「おうおうおうおう! やる気のない奴ァ出て行きやがれってんだ!」


と叫ぶと、みたらしはすかさずりりと翔也に通訳し。


「あっそ、そんならオレは帰りまーす」


とだけ言い残して立ち去る翔也を、一同は見送ることしか出来ませんでした。

バツが悪くなったねず市は咳払いをして、寝床のちいさなスニーカーの中に隠れてしまいました。

ねず華は頭を下げながら、黒電話の上で話し始めました。


「申し訳ないねえ皆さん・・・だけど誘拐されてひどい目に合わされた不憫で頼りない私どもを許してやっておくんなまし。卑劣な肉球でネコジンになったところで、お天道様はちゃあんとお見通しだって、お兄ちゃんは言ってたんです。罰があたらないうちにこの子たちを連れ戻して、正式な儀式の下でネコジンにさせてやるのがスジだって・・・それには謝罪もしてもらわなきゃダメなんです。いえね、私どもだって長年司祭を務めてますでしょう。たくさんの末路を観てきたわけでしてね、ズルをしたとこでほんとの幸せなんて掴めやしないんです。ネコだってねずみだって、人間だってそれは同じお天道様の下で生きてるんですもの。変わりっこありゃしませんよ・・・」


淡々と笑顔を交えながら話すその言葉に、ねず坊は号泣していました。

みたらしの通訳を介しながら聞いていたりりも。


「ねずみのくせにいいこと言うのね」


と、涙ぐんで、ほんとの幸せのカタチをぼんやりと考えてしまいました。

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