第29話 半地下アイドル・YANAGIねこ7
人生なんて、にゃにゃにゃい、にゃにゃいも、ななついろ。
君だけに誓うよ、またたびKISSうおんてっど。
にゃんにゃんにゃん。
噂のララバイを情熱的に、胸騒ぎが止まらない。
夢の中へ、行ってみたいよ100パーセント。
帰宅ラッシュの時間帯、りりは雪之丞を連れて、柳ねこ町随一のライブハウスで、アイドルグループ・YANAGIねこ7の曲に合わせて踊っていました。
ステージとフロアを交錯するレーザーライトと、共鳴するファンの熱狂的な歓声。
一糸乱れぬフォーメーションダンスと、まだあどけなさが残る男の子たちの汗に、りりの瞳はハートマークになっていました。
雪之丞は、最初のうちは曲に合わせて踊ってはいたのですが、押され流されもみくちゃにされるのが嫌で、カウンターでカルアミルクを飲んでいました。
この前まで飲んでいた猫用のミルクとは違って、甘くてほろ苦くて、時間が経過すると顔がぽかぽかするこの飲み物を、すっかり気に入ってしまったのです。
隣では、お世辞にも美人とはいえない女の人と、猫背の若い男の人が、都心の空を低空で飛ぶようになった飛行機の話や、ネットで覚えたばかりの地政学の話をしています。
会話が進むにつれて、ふたりの距離は縮まっていました。
雪之丞は、りりが飲み残したオレンジジュースを眺めながら、彼女の変貌を遂げた姿に目を丸くして呟きました。
「私が見ていた世界が偽りで、真実がこっちだっだってわけね・・・」
ステージに前のめりになって、うちわを手に飛び跳ねるりりは、内向的でもなければ、反抗的でもありません。
それは周りが勝手に決めたことなのだと思うと、雪之丞の独り言は次第に大きくなっていきました。
オレンジジュースのグラスについた、背伸びした赤い口紅と、部屋の中のくたびれた消しゴムが上手く頭の中で重なり合わないのです。
「考えてみたら、人間なんて可哀想な生き物よね。なら、どうして私は人間になったのかしら?」
雪之丞の言葉に、頭の中の自分が即座に反応しました。
「独占欲でしょ、翔也を独り占めにしたかったんでしょう?」
人間脳にまだ慣れていない雪之丞は、言葉を発しながら言い返しました。
「あなたは何でも見透かしているのね、偉そうなヤツ」
「そうかしら?人間なら当然の作業よ」
「疲れる生き物なのね・・・」
「それを望んだのはあなたでしょ」
「お説教なら、結構毛だらけ猫灰だらけ・・・」
「カルアミルク、楽しまなきゃね、それと、あまり自問自答しない方がいいわよ。病気になるから」
「結構毛だけ猫灰だらけ・・・カルアミルクおかわり!」
雪之丞の周りには、誰も居なくなっていました。
そんな中、名前を呼ばれて振り返ると、汗だくのりりが笑顔で近付いて来るのが見えました。
真夏日の部屋の中で、窓を全開にしながらエアコンの冷気を楽しむりりは、何処にでもいる普通の女の子だと思うと、雪之丞は途端に嬉しくなりました。
「雪之丞楽しんでる?」
りりは、氷が解けて薄くなったオレンジジュースを飲み干して、雪之丞を見ました。
「ああっ!お酒飲んでるの?まあ、マタタビじゃないから大丈夫か?」
「えっへへへへ、一緒に飲みたいよお」
「げっ、大丈夫じゃなかった」
「飲みたいなったら飲みたいな」
「ダメだよ、だって中学生だもん・・・てか変わりすぎ」
雪之丞は、自分の頭や顎先をりりにすり寄せながら、アルコール臭を漂わせておりました。
猫時代に、気持ちだけ戻ってしまったのです。
「さ、帰るよ雪之丞」
「うん」
数時間前まで険悪だったふたりの関係は、カルアミルクが棄て去ってくれたのでした。
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