第19話 わっしょわっしょの大誘拐と恋のおはなし
時を同じくして猫目川。
かつぶしロードを一直線に進んで、またたび銀座アーケードを越えると交差点が見えて来ます。
3丁目を取り囲む柳の枝が、サラサラと風に靡いて、猫目川からはウシガエルの声が聞こえています。直進すると大都会。左折したなら1丁目。右折をすれば旧街道と猫目川。
川沿いの遊歩道の街灯の下、ひっくり返った蝉がギャギャギャと鳴いて飛び立ってしまいました。
あぶらたにの7つの子たちが、信玄餅の3つのきんちゃく袋を咥えて走り抜けたせいで御座います。
よく見ると、それぞれのきんちゃく袋からは、鼠の頭が飛び出しているではありませんか。
ねず市、ねず華、ねず坊は、口に粘着テープを貼られて、モゴモゴちゅうちゅうと何やら叫んでいましたが、あっという間にその姿は見えなくなってしまいました。
中秋のミルク色した満月。
猫目川に架かる、スズメの涙橋。
その側に佇む、宮づくりの風情溢れる銭湯・おちゃかまの湯。
若女将のむらさきさんが、短パンにタンクトップ姿で、窯場と薪場を行ったり来たりしております。
キュッと結わえた黒髪が、キャットテールみたいに跳ねては踊る。
井戸水を汲み上げて、薪で湯をこしらえる昔ながらの銭湯は、毎日湯を落としてから翌日分を焚きなおすもので御座いますから、明け方まで作業は続きます。
むらさきさんはせっせせっせと動き回り、時折、腰に手をあてがってスポーツドリンクを飲み干す様は、まさにトップアスリート。
そよそよと吹き抜ける風が心地よくて、ふと見上げると、そこには見事なお月様と黒真珠色の夜空。
やわらかな月光と、遠くから聞こえるウシガエルの声。
銭湯の屋根の上に見える、ひとりの青年と、そこに寄り添う猫の後姿。
尻尾はゆらりと嬉しそうでもあり、淋し気でも御座います。
むらさきさんはふっと笑って、たまに見かける光景に少しだけ癒されると、窯場へと戻って行きました。
「君と一緒にいたいんだよ、これからもずっと・・・」
「勝手だわ」
「そういう言い方って・・・」
「勝手かしら?」
「そうじゃないけど・・・」
屋根の上の、人間と猫との恋話。
お釈迦様でも、むらさきさんでもわかるまい。
「あのね、こうちゃん」
「ん?」
「人間ってそんなに素敵なの?」
「いや・・・猫の方が・・・」
「猫の方が・・・?」
「気楽で自由で・・・気ままで・・・楽しいけど・・・」
「楽しいけど?」
「ライア、責めてるのかい?」
「誤魔化そうとしないで!」
「誤魔化してなんかいない。ずっと本音をぶつけてるじゃないか!ライアと一緒にいたいんだ!」
「猫の私と一緒にいたいんでしょ!こうちゃんと奥さんの間に、猫の私がいるんでしょ!そういう事でしょ!想像してみなさいよ!」
「それでも愛しているんだ!」
「違う!」
「違わない!」
「違うわ!」
「違わない!」
ライアは、ぽろぽろぽろぽろ涙を零しました。
塩気の少ない、いつまで経っても止まることのない透明な涙をー。
ぽろぽろぽろぽろ。
「ライア・・・わからないよ・・・」
「・・・わかってよ・・・」
「オレに、猫に戻って欲しいわけ?」
「・・・」
「戻って欲しいの?」
「・・・言葉まで・・・」
「え!?」
「言葉まで・・・通じなくなっちゃった・・・」
ライアは、泣きながら屋根から飛び降りると、駐輪場に停めてあった、こうちゃんの原付バイクに顎先を擦り付けました。
最後のお別れのつもりで。
覗き見根性甚だしい輩というのは、どこの世界にでもいるものでして。
そんな連中は、何かにつけて覗きを正当化しようとする訳ですが。
此処にも居ました。
猫目川をどんぶらこっこと泳ぎながら、水かきを器用に動かしては、おちゃかまの湯の前でじっと聞き耳を立てているかもちゃんず1号と2号。
1号があきれ顔で。
「驚いたねえ。言葉まで通じなくなっちゃった・・・って、馬鹿も休み休み言えってんだ。そもそも人間と猫が話が通じる訳ねえんだからよ。おいら本当、鴨で良かったって思ってるよ」
と、羽根をばたつかせて大興奮。
対する2号は、いつものようにクチバシをわなわな震わせながら。
「だども、おら、気の毒でなんねえっぺ・・・元は同じ猫同士なんだろう? 男の方が猫に見切り付けたって訳だろう? そんなに人間ってよかっぺか?」
と、潤んだ瞳を羽根で拭ってぼんやり。
「おうおうおうおうおうおう!2号!耳ン中かっぽじってよ~く聞くんだぞ。いいか、人間ってのは金だ。飯を食うにも寝床にだって金が要る。金をたくさん持ってる奴が一番偉いのよ。だから嫌でも働かなくちゃなんねえだ。一握りだぜ。金なんてもう要らねえとか言ってる奴なんて。おいら達は寝るとこも、おまんまだって自分たちで上手くやれるのさ。どっちが強いか分かりきってらあ!」
「ん、んだな」
「まあ、今夜はやなもん見せられっちまったけどよ。おいらたちは気楽にどんぶらこっこと流されようじゃねえか。それが鴨ってもんだ!」
「1号。見せられたって言うか・・・おらたち覗いてたんだども・・・」
「馬鹿!たまたま流れてたら、たまたま痴話げんか見せられたんじゃねえか、鴨疑義の悪いこと言うなよ」
「ん・・・んだな」
もうすぐ夜明けで御座います。
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