第17話 曰く、テンシキなるは鼠の盆回し候 その弐

キチジュウロウの実を石臼で挽き、3晩寝かせて燻す。

ランプに用いる油、キチジュウロウの殻より抽出。

宣言師なる鼠伝は、正装し唄い踊る。


ーテンシキの儀・鼠の盆回し変幻自陣の唄ー


裏庭に、突然猫がやってきた♪

ちゅちゅうがちゅう♪あ、それ。

ちゅちゅうがちゅう♪あ、どっこい。

寝ずの番だよちゅちゅうがちゅう。

ちゅちゅうがちゅう♪あ、よいしょ。

ちゅちゅうがちゅう♪も、いっちょ。

根津の外れでちゅちゅうがちゅう。

ちゅちゅうがちゅう♪あ、こおれ。

ちゅちゅうがちゅう♪あ、びばびば。

ねずがねずねずちゅちゅうがちゅう。


蔵の中、壁掛けのランプの炎がぬらりゆらりと、狂おしく滑っております。

ナマコ、ナメクジ、マイマイカブリ。

糸引く納豆なめこ汁。

ぬるぬるのぎとぎと。

床に広がるペルシャ絨毯と、七輪から燻るキチジュウロウのエロチシズムの香り。それはそれはのいぶし銀。

角出せ槍出せ目玉出せ。相州小田原一色街をお過ぎなられて、青物町を上りへおいでなさるれば。

綾野姫実篤鼠伝総本家。

ただ今は身分をくらまし、ねず云々かんぬんと名乗りまする。

暖炉の炎と、めくらましの世界へ通じる合わせ鏡のルチリル・コゾベレーノ・コアントローリア。

聖なる雫が、ポタリポタリと音を奏でミダレル。

鼻先をあざ笑う、弄び慣れた指先の爪。

合わせ鏡を這いずりながら、ボロボロと剥がれ落ちる満月の子の刻。

べっちゃんこにひれ伏す、みたらしと雪之丞の身体の上で、ねず市を筆頭に、ねず華とねず坊がぴょんぴょん唄を歌いながら飛び跳ねております。

みたらしは、にんまりと涎を垂らしながら、希望に満ち溢れた間抜け顔。

ところが、雪之丞はそうはいかない。

鼠ごときに侮蔑される愚かさに、怒り心頭爆発寸前。

おひげも高速回転で御座います。

さらさらと隙間風。

錆まみれの空気が、水に返ろうとする時間。

子の刻。

ミルク色した月光。

老人のまつ毛と、変幻自陣の唄。


注注ヶ虫♪亞、凍れ。

忠柱我中♪阿、毘場毘場。

鼠ヶ寝ズ寝ズ蟲蟲蛾蟲。


自由自在に猫の身体の上を跳ねる3匹の鼠は、天高くぽんぽんと宙に弾けると、光り輝く紺碧の玉に変化しながら、蔵中を飛び回りました。

もはや、ぼろ雑巾の如く、床にひれ伏したままのみたらしと雪之丞。

その真上で3つの玉はくっついて、巨大な風船に変化しますとあら不思議。

たちまちのうちに従順な2匹の猫を包み込んで、空中へと舞い上がってしまったのです。

ふわりふわりの巨大な紺碧の玉。

ゆで卵みたいにぷるぷる震え始めると、蔵全体も賑やかに揺れ始めました。

歌えや踊れの玉のことを、テンシキと呼び表したのはかの有名な陰陽師。

嘘か真か、ご覧あそばせ人変幻。

ぱつんぱつんに膨れたテンシキは、紺碧色から虹色に変化してから大爆発。

濛々と充満するキチジュウロウの霧の中、元の姿に戻ったねず市、ねず華、ねず坊は、ぴゃっと姿をくらませるからお手のもの。

そして、スーッと視界が開けてくると、ペルシャ絨毯の上で抱き合っている若い男女の姿がありました。

短髪長身色男。

人間みたらしの出来上がり。

肉付きの良い逞しい身体で御座います。

黒髪色白グレイの瞳。

人間雪之丞の出来上がり。

これまたハイカラな美人で御座います。

互いにそっと身体を引き離して、顔や胸や背中や足を触り合って喜んでいると、どうにもこうにもこれまでに経験したことのない、特別な感情が2人に沸き上がって参りました。


恥じらい。


で、あります。

なにせ、生まれたてで御座いますから。

若い男女が、すっぽんぽんで月明りに照らされている訳です。

雪之丞は。


「ぃやあああ▽#(&!☆☆♭ギャ!◇◯!!」


と、悲鳴をあげて、みたらしに平手打ちをお見舞いしたのでありました。

すっ飛ぶみたらし。

途端にしおらしく、膝を抱えて丸くなる雪之丞。

人間になると、猫とはこうも変わるものであります。


「ねえ、みたらし、何か着るもの探さないと」


「う、うん、けど、どこに行けば良いのかなあ。ぼくだって、なんだか恥ずかしいや」


「布切れでも良いんだけど」


「う、うん」


みたらしも、膝を抱えて丸まりながら、もじもじそわそわで御座います。

どうにも先に進まない。

すると、いきなり灯りがパッと点きまして、2人の目の前に現れたのは!





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