第一章 桜と百合の咲き乱れるこの学校で 1
青春とは、何故青い春と書くのか。
僕、土井流星(どい りゅうせい)は綺麗に晴れた青空の下、真新しい制服を身に纏い、信号を渡りながら、ふとそんなことを考えていた。
春といえば日本で思い浮かぶのはやはり桜だろう。
この季節にしか咲かない桜に春を色付けるのは桃色ではないだろうか。
なら、青春ではなく、桃春、という言葉が正しいのではないだろうか。
確かに、今日の空は青春にふさわしい綺麗な青色だが、青い空はいつの季節でも見れるはずだ。
青春を青い春と書く事を決めた人は、何をもってそう決めたのだろう。
そんなことを考えていると、桃色の景色が僕の目の前に広がった。
大きな校門の前に、幾本も咲く見事な桜の木。
校門の端には大きな『蒼野(そうの)高校入学式』と書かれた看板があった。
今日から僕はこの学校の生徒になるのだ。
「「「おはようございます。ご入学おめでとうございます」」」
校門を通ると中にいるのは在校生の皆さん。
しっかりと正された身嗜み。
一人一人が一輪の美しい花のようだった。
この場にいるのは一部の人らしく、生徒の人数はもっと多いそうだ。
「おはようございます!」
僕は大きな声で挨拶をした。
挨拶は本当に大事。
あと第一印象も。
すると、周りの人達がヒソヒソと話し出す。
そう、僕の周りにいる在校生の皆さん。
その全員が女性だ。
なぜなら、私立蒼野高校は去年まで私立蒼野女子高校だったのだから。
僕の住むこの地域では珍しい高偏差値高校。
それが昨年、共学にすることを発表したのだ。
学力も高く、近いし、楽だという理由で僕はこの高校の入学試験を受けて無事通った。
普通に通っただけならよかったのだが…。
「まさか首席になるとはなぁ…」
僕はボソリと呟いた。
それは噂にもなるよなと思う。
共学になっていきなりの首席が男だ、ってなったら俄然興味が湧くだろう。
目立って誰かに興味を持ってもらえるのは嬉しいんだけど、直接声をかけるでもなく、裏で話の話題にされるだけなのは、あまり嬉しくない。
それならたくさんの人とお話しして、僕の見解を深めたい。
しかし、僕の思い通りにいくこともなく、チクチクと数々の視線が刺さる中、僕は校舎に入る。
すると、制服に腕章をつけた3人の人達が、僕たち新入生にプリントを配布していた。
その腕章には『生徒会』と書かれている。
一人はなんだかとても儚い感じ。
いまにも存在が消えてしまいそうで、それでも黙々とプリントを渡していた。
一人はついつい視線が釘付けになってしまう。
…なんて暴力的な胸なのだろう。
「おっと」
僕は首を数回、横に振った。
いかんいかん。
セクハラになってしまう。
彼女はとても短い黒髪が清潔感を漂わせ、真面目にプリントを配っていた。
そしてもう一人…。
「あら貴方。もしかして土井流星さん?」
その、とても綺麗な人に声をかけられた。
僕は思わず見惚れてしまった。
「あ。は、はい。そうです。僕は土井流星です」
彼女を一言で表すなら一国のお姫さま。
綺麗な茶髪が穏やかに揺れて、彼女の表情が微笑む。
何より華やかなオーラが見えるような気がする。
「貴方が首席の土井流星さんね」
そして僕を観察する様に、じぃっと僕の顔を見つめてくる。
ど、どうしよう。
顔赤くなっていないだろうか?
「うん、顔を覚えた。私は生徒会副会長の水坂 瑠泉(みなさか るい)。よろしくお願いしますね」
「あ、よ、よろしくお願いします」
僕は思わずペコリと頭を下げる。
水坂さんは少し困ったように言った。
「顔を上げて下さい。ごめんなさいね、いきなり声をかけて。生徒会内で貴方の話題で一杯だったのよ。どんな子が来るのかって」
「そうなんですか」
僕は顔を上げてそう言った。
なんだかむず痒いな。
水坂さんはニッコリ笑って右手を頬に当てて言った。
「ええ。生徒会長も貴方と会うのを楽しみにしているわ。今は新入生歓迎の言葉を言わなきゃいけないから、体育館にいるでしょうけど。ひょっとすると生徒会に入ってと頼まれるかもしれませんね」
そう言って、水坂さんは僕にプリントを渡す。
そこには今日の案内が書かれていた。
「このプリントの指示に動いてね。とりあえずは教室でクラスメイトと顔を合わせた後、入学式だから。それと…」
「水坂先輩!生徒の皆さんプリント読んだらわかるでしょう!いちいち教えていないで、早くこっち手伝ってください!」
「・・・(こくこく)」
水坂さんの声を遮るように残り2人の生徒会の人が言った。
僕の後ろにはかなりの人が押し寄せていて、混み合ってしまいそうだった。
「あらあら、ごめんなさいね。では土井さん。もしよければ私のお茶会にでも来ていただいて一緒に話しましょう」
「あ、はい。機会があれば…」
そう言って、素敵な笑顔を見せてくれた水坂さんは小さく手を振って僕を見送ってくれた。
おっと、これは駄目だ。
こんなに優しくされてしまったらうっかり惚れてしまいそうだ。
きっと僕には釣り合わないだろうから。
諦めよう、はい。
心の中でそう決意し、僕はプリントに書かれた自分の下駄箱へ向かった。
・・・
僕のクラスは一年二組だった。
教室に入るとたくさんの女子がいて、初対面のはずなのに仲良く話していた。
席は教室の左前から順に出席番号順だそうだ。
横六列縦七列、前の端二つが欠けた計四十席。
僕の最初の文字は『ど』。
左から三番目の一番後ろの席だった。
なかなかいい席だ。
そこへ向かうと、隣の席に一人の男子がいた。
左から二番目の一番後ろの席だ。
丁度隣に男子がいるということは、この人と仲良くなれという神の思し召しだろうか。
ありがたやありがたや…。
その男子は両耳にイヤホンをつけて、携帯でリズムゲームをしていた。
僕も時々やっているゲームである。
しかもかなり上手い。
かなり高難易度の楽曲に挑戦している。
タイミングよく、彼の携帯にフルコンボの文字が現れる。
やばいこの人、物凄く上手いな。
「ねえ君!」
「おわ⁈え、どうかした?」
彼は驚き、イヤホンを外しながら僕に聞いてきた。
「それ、僕もやってるんだ!そんな高難易度の楽曲、クリアしたこともないよ。とても上手いんだね」
「ま、まあ。確かに…、普通の人に比べたら上手いとは思うけれど」
彼はなんだか控えめな性格そうだ。
けれどせっかくだしここで仲良くなっておきたい。
「絶対上手いよ。え、君誰が一番好き?」
「そうだなー。やっぱり、健気に一生懸命頑張ってるこの子が好きかな」
「だよね!わかるよ!」
そうやって話していくうちに、僕らは仲良くなった。
彼は暁月柊(きょうげつ しゅう)という名前だそうだ。
出席番号が丁度いい具合でよかった。
彼と隣になれなければこうして出会って仲良くなることもなかっただろう。
彼はゲームが好きらしい。
リズムゲーム以外にも色々やるそうな。
自分にとって、これから仲良く過ごしていくにはとてもよさそうな人だった。
「これからよろしくな。柊」
「わかったよ。流星」
僕たちは完全に意気投合した。
このクラスの男子は、どうやら僕と柊だけらしい。
他のクラスにも数名いるそうだが、一年間は柊と付き合っていくことになりそうだろう。
とても楽しそうだ。
「いや、本当によかったよ。友達ができなかったら、校門のおじちゃんとか、迷い込んできた犬とか、宇宙からきたエイリアンとかと友達になるしかないと思っていたからな」
僕は軽いジョークを飛ばした。
けれど少し本気だったりもする。
校門のおじちゃんや迷い込んできた犬はともかく、宇宙人やエイリアンは、昔から友達になれるなら、なりたいと思っていたから。
「宇宙人やエイリアン?」
柊は急に真面目みたいな顔をして、こちらを見た。
「そうそう。地球のまだ誰も友達になったことがない宇宙人やエイリアンと友達になれたら、とても楽しい日常になりそうじゃないか。柊はそう思わないか?」
すると柊はしばらく顎に手を置いて何か考え始めた。
僕はその柊の姿を見る。
柊の姿はとても男らしいとも思わないし、女らしいとも思わない。
いやまあ、女らしかったらそれはおかしいのだが。
とても中性的な顔立ちだなと僕はそんなことを考えた。
「実はな…流星」
「うん?」
「僕がその、宇宙人やエイリアンって奴なんだ」
僕はこの日を忘れない。
柊と出会ったことで、僕の人生はとても輝かしく、美しく、楽しく、そして何より、特別な人生に変わったのだから。
何故、青春は青い春と書くのかわかったかもしれない。
曇り空が急に、綺麗な青空になるように。
そして突然に、虹がかかるように。
出会いは突然なのだから。
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