第89話 アンダーグラウンド

 階下へ降りた俺達を迎えたのは、鈍い輝きを放つ黒銀の空間だった。


 天井には一定の間隔で魔術照明が備え付けられ、行く道筋の視界は十分に確保されている。


 地下通路にしては広い作りだ。

 俺達4人が横一列に並んでも、まだ余裕がある。


 避難経路となっているだけあって、向かって右手には備蓄が山のように積まれていた。


 歩を進めながら左手を見れば、個室のドアがずらりと奥まで続いている。


 主に裏の仕事に使うものだろう。


 ドアには小窓が取り付けられており、いくつかの部屋には監禁中と思われる者の姿が覗き見えた。


 しかし、マフィアに捕まる奴など大抵がろくでなしだ。

 助ける義理も無い上、今は中にいた方が安全に違いない。


 俺はそう判断を下し、それらを無視して先へ進んだ。


「ここってば、先代の組長が密かに作らせた場所らしくてねー。古株の幹部の口を割らせるのに、何気に苦労したのよ」


 硬質な床を完全に無音で歩きながら、フェーレスが大げさに溜め息をついてみせた。


「部外者が自力でここまで入り込むのは、多分これが初めてじゃないかな~? んで、それができたのは一体誰のお陰かな~? かな~?」


 言いながら俺の正面に回り込み、黄金の瞳で上目遣いに顔を覗き込んでくる。



 うぜぇ……



 思わず顔をしかめるが、手柄は手柄だ。仕方ない。


 働きに応じて、きっちり対価を支払うのが俺の主義だ。


「……アリガトーゴザイマス。フェーレスサン、サイコー。スゴイスゴイ。ヨクデキマシター」


 俺はそう棒読みで褒めつつ、フェーレスの顎の下を指でくすぐってやった。


「なんか感情がこもってないけど……んふ~。気持ちは良いから許す! もっと思うさま褒めなさい、少年よ!」


 なんというチョロさ。


 段々こいつの扱い方が見えてきたな。


「それにしても、堂の入った散財ぶりですな。光源の数も相当ですが、地下室全てをアダマンタイトで作るとは」


 後ろ向きで歩き続けるフェーレスを撫でる俺の横で、自らの鎧と同素材の通路を眺めるアンバーが感嘆の声を上げた。


 その頑丈さは、上の騒動が嘘のように静かな点からも明らかだ。


「こんな贅沢な避難場所はなかなか無いわよねー。レグナードの奴、これならセレネに地上部分を吹き飛ばされても平気だろう……な~んて考えてそうじゃない?」


 フェーレスがちらりとセレネを見やり、挑発めいた言葉を投げる。


「あらあら、面白い冗談ですこと。一切合切を巻き込んでも宜しいのなら、貴方諸共消し炭にしてご覧に入れますわよ?」

「お~怖い怖い。じゃあそんな事しないで済むように、お先に舞台を整えといてあげよっかなっと」


 セレネの圧力を込めた笑みをさらりとかわし、フェーレスは通路の奥へ瞬く間に消えて行った。


「本当に口の減らない人ですこと」


 いつもの売り言葉に買い言葉だ。

 悪態を漏らすも、セレネの表情は穏やかなままである。


 ここから大詰めだというのに、相も変わらずマイペースで頼りになる奴らだ。


 俺も精々見得を張って、ギルドの威厳を示すとしよう。



 そう心構えを改めた時、前方から大音量の悲鳴が響いてきた。


 フェーレスによって、一瞬で場が制圧されたのだろう。

 それ以降続く物音は無かった。


「……まったく、優秀すぎて可愛げがねぇな……」


 思わず小さく零し、苦笑する。


 楽ではあるが、自分で動けずもどかしい。


 ヴェリスが前衛で獲物を総ナメにしている時、後ろにいる奴はこういう気分だった訳だ。


 確かにこれでは名が売れるはずもない、と肌で感じた瞬間だった。



 俺の仲間達は弟子でもあり、コレクションでもある。


 コレクションとは、他人に見せびらかしてこそ光るもの。


 こうして戦闘力が落ちたのは、その良い機会と考えるか。


 エルニアだけでなく、この3人の実力も改めて世間に知らしめるのだ。

 それならば俺も、今の立ち位置を楽しめそうだ。



 新たな目論見を得た事で、自然と口角が上がるのを自覚する。


 その為にも、まずは目前の標的を全力で叩き潰そう。



 目を凝らせば、今回の企画の終点が見え始めていた。

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