第86話 お披露目

 同胞が惨殺されても動じずに包囲を開始した黒服達へ、エルニアは微塵の躊躇もなく突撃した。


 懐に忍ばせた匕首あいくちを一斉に抜いて襲い来る群れを、案山子でも相手にしているかのような気安さで細かく切断していく。


 味方の首や四肢が乱れ飛ぶ中を、薬物によって感情を抑制されている黒服達はやはり怯む事なく次々と飛び掛かり、残らず凶刃の餌食となっていった。



 恐れを知らぬ兵程、厄介なものはない。


 人は恐怖を感じると、動きが鈍り、判断が遅れるものだ。


 それらが起きないという点で、黒服部隊は兵として優秀である事は疑いようがない。


 しかし、恐れを抱かない者は、自ら退く事もないのだ。



 奴らはただ、指揮権を持った者の命令だけに従うよう躾けられている。


 今その権利を有しているのは、後方にいる白スーツなのだろう。


 肝心の指揮官は最初の斬首を見ただけで、既に腰を抜かしてへたり込んでいた。


 あの様子ではろくな指示を出せやしまい。


 瞬く間に黒服は数を減らしていくが、依然無策で突っ込んでくるだけだった。


「あっはははははは!! 死ね! 死ね! 死ねぇ!! 動くものは全て死ねぇっ!!」


 漆黒の閃きが縦横にほとばしる。


 次々と紅い花が咲いては散り、路面の染みと果てた。


 古龍の硬い鱗すら容易に裂く大鎌である。

 多少頑丈な防具を着ただけの人間など、いくら束になろうが紙屑同然だ。


 加えて、ポチとの模擬戦を経て死線を超えたエルニアの技量は、俺の見立て通り更に鋭さを増している。


 防御も回避も許さぬ神速の斬撃の前に、手練れ揃いの黒服達ですら、刃を交える事も、断末魔を上げる事も敵わぬままに散らばっていくしかなかった。


「アハハハハハ!! ああ、なんという昂ぶりか! やはり斬るのは人に限る!! 魔物の首などより断然良い!!」


 残骸と化した屍を喜々として踏みにじり、高らかに笑い立てるエルニア。


「て、てめぇら! 女一人にいいようにされてんじゃねぇぞ!! もっと気合入れてかかれ!!」


 今頃我に返った白スーツが発破をかけ、同時に路地から増援が現れた。


 しかし、最早生半可な相手ではエルニアの足止めにすらならない。


 新手が投入された分、死体が増産されるだけだった。



 自らは優雅に踊るように。


 獲物は無残に弄ぶように。


 鮮やかで苛烈な死を撒き散らして進む。


 骨肉と血風を背景にして舞い狂う有様は、まさに圧巻の一言に尽きる。



 鉄火場には慣れているはずのアドベースの住民達が、はやしたてもせずに固唾を飲むばかりだ。


 何せ国の一軍にも比肩し得る武力が、ただ一人の女に手も足も出ないのだから。



 そう。これだ。


 この光景を見たかった。俺はこれを再現して欲しかったのだ。


 監獄都市の連中ろくでなしをも残らず黙らせる、圧倒的な暴威を示す死神の姿を。



 やはり俺の目に狂いはなかったと確信した。


 エルニアを見出だした事も。

 轍組を生け贄に選んだ事も。



 好機と見た俺はだめ押しに、畳みかけるよう声を上げる。


『皆さん、よく見ておいて下さいね。そして思い出して下さい。この街の掟に逆らえば、つまりはギルドに喧嘩を売れば、どんな結末が待っているのかを』


 観衆の気配が揺れた。


が答えです。彼女こそ、SSランクヴェリスが直々に指名した後継者。その名もエルニアさんです。さあ皆さん、お手を拝借。新たな死神の誕生を、盛大な拍手をもってお祝いしましょう!』


 俺とアンバーが手を鳴らし始めると、一部の気丈な人々からぱらぱらと小さな拍手が上がる。


 それらはやがて周囲に伝播し、割れるような喝采へと育っていった。


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