第82話 布告
何事かという奇異の視線が、一斉に俺へと集中する。
『あ~あ~。本日は晴天なり。大変お騒がせしております。ただいま拡声魔術のテスト中でーす』
通りに連なる店の入り口や、その上の階の窓からも、続々と人が顔を覗かせた。
うむ。拡声の効果は上々のようだ。
これならば、
瞬く間に出来上がった人垣に満足し、俺は胸を張って続けた。
『調子良し。区内全域に聞こえていると判断し、今から少々お耳を拝借しますねー』
怪しい動きをする者がいないか、目を凝らしながら声を張る。
『北区の皆さん、改めてこんにちは。僕はAランク冒険者のヴァイスと申します』
人だかりからどよめきが上がった。
「ヴァイスって、あの噂のルーキーか!?」
「ああ。ヴェリスさんの甥っ子だそうだ」
「おいおい、メイスの先端に平気で立ってるとかすげぇな!」
「そもそもアンバーさんを踏み台にするって発想があり得ねぇぞ!?」
「あの大胆さ……ヴェリスの旦那にそっくりだぜ!」
口々に零れる感嘆が心地良い。
インパクトある登場には成功したようだ。
「見て! ヴァイス君よ!」
「こっち向いてー!」
一方では、いつの間にか出来た俺のファンクラブ会員が集結を始めており、手を振ってやる度に黄色い声援が湧き上がる。
一瞬後頭部を刺すような視線を感じたが、それはすぐに気配ごと消えた。
恐らく嫉妬したフェーレスが発したものだろうが、思い留まって、予定通りにセレネと共に行動を開始したのだ。
まったく、冷やりとさせてくれる。
しかし仕事に移った以上は、もう私情を挟むまい。
あちらは任せて、俺も俺の役割に専念するとしよう。
『えー、皆さん。静粛にお願いします。今僕は、ギルドの使者としてここに立っています。この意味が、おわかりですね?」
音量を上げて告げると、聴衆のざわめきがぴたりと止んだ。
俺が掲げた手には、その証拠たる令状が微風に揺れている。
すぐ近くにいる者達には、文末に押されたギルドの判が見えた事だろう。
アドベースにおいて、ギルドとは絶対の支配者である。
そしてギルドの意向を背負った使者を軽視する事は、そのままギルドへの反抗と見なされる。
善良な住民であれば、その旨をしっかり心得ているのだ。
『聞く態勢になってもらえてうれしいです。それでは、本題に入りますね』
俺は紙面に目を落とし、概要を読み上げる。
『告。北区統括幹部、
始めはさざめきから。
やがて、津波のような喧噪となって群衆の驚愕が波紋を広げてゆく。
轍組とは、この地区で最古参のマフィアだ。複数存在する他の組をまとめる地位にある。
元は人や資材を運ぶ荷馬車小屋を土台に立ち上げた組織で、当時の屋号をそのまま名乗っているのだ。
現組長のレグラスはここ20年程、ギルドと波風立てる事なく良い関係を築いてきた。
当然裏では相応の悪事を働いているが、ギルドが見逃すギリギリのラインを量る老獪さがある。
そうして得た莫大な富を独占せず、配下にもしっかり還元するのがレグラスの美点だった。
土地の整備と従業員の福利厚生を真っ先に考え、ごろつきどもの忠義とやる気を引き出した手腕は老舗の豪商さながらだ。
スラム同然だった北区がここまで栄えるようになったのは、奴の功績に拠るところが大きい。
群衆の戸惑いは、土地の父とも呼べる人物の身内が起こした不祥事に対するものだった。
ざわつきは収まらず、方々から嘆きや怒号が起こっている。
「おいおい、あいつ前の警告で懲りてなかったのか?」
「なんてこった! あれほどギルドに目を付けられるなと言われてたのに!」
「ほら見ろ! だからとっとと追放しておくべきだったんだ!」
「しっ! どこで組のもんが聞いてるかわからねぇぞ」
「いや、もうここでの商売は終いなんじゃねぇのか!?」
失望。慟哭。懐疑。諦観。
様々な感情が錯綜する群衆を無視し、俺は更なる燃料を投下した。
『えー、こほん。ちなみにこれは、要請ではなく命令です。さっさと出てこないと……潰しますよ?』
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