第76話 死合い

 ポチの豪爪が唸りをあげて、足元のエルニアへと振り下ろされた。


 エルニアは紙一重で躱すも、大地を抉った一撃により、続けて振動と無数の飛礫が襲い来る。


 足を取られまいと宙へと跳んだエルニアは、巻き上げられた大地の欠片を踏み台にして、次々と飛び移っていった。


「はぁぁっ!!」


 そしてポチの眼前まで跳躍し、勢いのままに斬りかかるエルニア。


 しかしポチの瞳はその姿を正面に捉えていた。


 かっと口が開かれ、瞬時に豪炎が吐き出される。


 岩をも溶かすその灼熱が身を包む前に、エルニアは手にした鎌より黒炎を生じさせて相殺した。


 大鎌の魔力はなかなかのものだが、流石に古竜の圧倒的なブレスに匹敵する程ではない。


 しかしエルニアもそれを承知として、一瞬拮抗できればよしと考えたのだろう。

 炎を留めた僅かな時間で、その範囲から離脱する事を選んでいた。


 更には空中にいる間に続けて鎌を振るい、黒炎を噴き出す事で推進力として、落下の軌道から上昇してみせたではないか。


 そしてするりとポチの首元へと潜り込み、大きく回転しながら顎から喉にかけて縦に刃を滑らせて行った。


 その後、エルニアが鱗を蹴って飛び退いていくと同時に、どばりと鮮血を噴き出してポチの下顎が二つに割れる。


 しかしその程度で怯むポチではない。


 広がった顎をものともせずにくわりと開口すると、天を仰いで雄々しく咆哮をあげた。


 すると晴天にも関わらず、見る見る内に暗雲が立ち込め、無数の稲光が地表目掛けて雨のように降り注ぎ始めた。


 ズドドドドドドド!!


 触れるだけで消し炭となる雷の柱が縦横に落下している中を、エルニアは臆さず疾駆する。


 軽快な足取りで稲妻の隙間を縫って、あるいは薙ぎ払ってはポチへ接近する機会を窺っている。


 出鱈目に逃げ回っているようで、その実ポチの側面へと回り込んでいるのが見て取れた。


 ポチもそれを察知したようで、雷雲は維持したまま、太い尻尾の一振りをエルニアめがけて鋭く繰り出す。


 丁度雷を避けたタイミングで無防備だったエルニアは、尾撃の恰好の餌食となった。


 轟音と共に、エルニアがいた場所を荒く削っていくポチの尻尾。


 しかし苦悶の声を上げたのはポチの方だった。


 見れば、振り抜いた尻尾の先にはエルニアが貼りついている。


 どうやら直撃する瞬間に鎌を突き刺しながら、黒炎を噴射する事で衝撃を抑えたらしい。


 そしてポチの動きが淀んた隙を逃さす、鎌を引き抜きざまに尻尾を伝って駆け上がる。


 が、そうはさせじとポチは翼を大きく振るってエルニアを吹き飛ばそうと試みた。


 荒れ狂う暴風には逆らえず、エルニアは再び尻尾に鎌を刺して留まるのが手一杯となる。


 その間にポチは尻尾を振り上げると、エルニアごと地面へと勢いよく叩き付けた。


「がはっ……!」


 弾みで鎌が抜けると、エルニアは血を吐きながら地に転がっていった。





「……ふん。まあ、あんなもんか」


 巻き込まれないように離れて見物していた俺は、軽く鼻を鳴らして呟いた。


 模擬戦は一時中断となったが、エルニアは自力で歩いてアンバーの元へと向かっている。そう深刻なダメージではなかったらしい。


「一週間で、あれだけ対抗できるようになってりゃ大したもんじゃない?」


 俺と共に観ていたフェーレスが、珍しく誉め言葉を口にした。


「初めの内は逃げ回るのが精一杯で、すぐに根を上げるかと思いましたのに」


 セレネも軽く感嘆混じりに漏らしている。


「あいつがまだEランクだと言われて、信じる奴はいねぇだろうな」


 俺は腕を組みつつにやりと笑った。



 現時点でエルニアがポチに敵わない事は織り込み済みではある。

 本来Sランクの連中ですら相手にならない奴なのだから。


 この稽古の目的は、SSランクの脅威に対する心構えを刻み、その攻撃に対応する事でスタミナを付けつつ体捌きの向上を図る、というものだったが。


 よもやこれ程早く古竜の威圧感に慣れるとは、見上げた度胸である。


 既に大鎌の扱いも様になっており、更には鎌の魔力を攻撃だけでなく、回避や防御にも転用する程の習熟ぶりだ。


 やはりエルニアには、戦士としての特別な才をひしひしと感じる。

 全く、鍛え甲斐のある奴を拾ったものだ。


「これなら思ったより早く次の段階に移れそうだな」


 歓喜を隠せない俺の言葉に、フェーレスが反応した。


「お。もうやっちゃう? 裏もちゃんと取ったし、こっちの準備はオッケーよ」

「うふふ。私も、たまにはSSランクとしての仕事をしておきませんとね」


 二人もエルニアの奮闘に触発されたのか、いつになくやる気を見せている。なかなか良い傾向だ。


「くっくっく。街の連中があいつを見た時の面が楽しみだぜ」


 再び稽古を開始したエルニアを一瞥すると、俺達はエルニアのデビューに向けて最終調整をするべくその場を発った。

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