第75話 コレクション
「……お前には、まず自制心ってもんを叩き込まなきゃならんようだな」
「面目ありません……」
腕を組んで仁王立ちする俺の眼下で、地面に正座をしたエルニアが深々と地に伏していた。
「まったく、びっくりしやしたよ。うっかり殺しちまうところでやした」
凄まじい勢いでポチに組み付いて、その全身を撫で回し始めたエルニアは、驚いたポチによって即座に蹴り飛ばされたのだった。
小さくなろうが、SSランクの古竜の力は変わらない。
エルニアは小石のように、軽々と数十mも宙を舞って行った。
そして地面に激突して気絶し、アンバーの治療を受けて意識を取り戻して、今は深く反省中という訳だ。
「ところで、黄金の古竜……いえ、ポチさんが何故こうして健在なのか、お尋ねしても……?」
身を起こしたエルニアが、俺とポチとを見比べた。
「そりゃあ、ヴェリスの旦那の漢気に惚れたからってもんですよ」
ふんすと鼻を鳴らして胸を張るポチ。
「これでもあっしは竜としちゃあ最強だと自負していやした。しかし上には上がいると思い知ったんでござんす」
つぶらな瞳をきらりと輝かせ、勢いよく語り出した。
「今でも忘れやしやせんよ、あの一騎打ちは……まさかまさか、貧弱で数だけが取り柄のニンゲンに、これ程までの豪の者がいたとは思いもしやせんでした! あっしと正面切ってタイマン張ったニンゲンなんて、後にも先にも旦那のみ! その上、拳一つでギタギタに叩きのめされたとあっちゃあ、言い訳の一つもできやせん。降参するしかないでやしょう!」
懐かしむポチの言葉に俺も相槌を打つ、
「おう、ありゃあ楽しい喧嘩だったな。あれだけ本気でやり合えたのは数えるくらいしかねぇ。その上、この世に一匹しかいない金色の竜だときた。こんなレアモノ、殺すにゃ惜しいだろう? 表向きは討伐完了として、こっそり飼ってやる事にした訳だ」
「古竜を、飼う……!?」
俺の何気ない発言に、エルニアが目を見開いた。
ポチに限らず、世界中の珍獣を集めて回る事も俺の趣味の範疇だ。
人の乱獲によって数を減らした、カーバンクルやユニコーンなど、竜同様に希少な幻獣を数多く保護している。
広大な敷地は、そいつらを放し飼いにしてやる為の意図も含んでいるのだ。
「いやぁ、旦那の器量にはお見それしやしたよ。この竜王とも呼ばれるあっしをペットにしようなどという大胆な発想! およそニンゲンの思考とは思えやせんぜ!」
「然り、然り。勇者殿に負けるは恥にあらず。その身に価値を見出された事こそ真の誉れなり。我らは共に、主の加護やあり」
「いよっ! アンバーさんも良い事いいやすねぇ! 確かに確かに、あっしらはツイてやすよ!」
ポチの調子のよい口上にアンバーが大きく首肯している。
こいつらは同じく力を是とする者同士で波長が合うのだ。
「た……確かヴェリス殿は、かの者を討伐した功績でSSランクに昇格を果たしたのでは……?」
エルニアがそろそろと疑問を口にする。
「ああ、そうだが?」
「さ、詐欺じゃないんですかこれ!?」
「詐欺じゃねぇ。実際にぶちのめした上で無害化してるんだからよ。お前と一緒だ」
俺は声を上げるエルニアの喉元を指差した。
「こいつにも支配の王印を刻んである。現に10年間、ちゃんと大人しくしてるぜ」
「へぇ、そりゃあもう。暴れたくなったら旦那が相手をしくれやしたし、食料はわざわざニンゲンなんざ襲わなくてもたんまり頂けやすからね」
ポチが尻尾をブンブンと振って追随する。
「旦那には感謝感謝でございやす。ニンゲンを食うよりも、ニンゲンの作った食べ物の方が何千倍もウマいと教えてくれやした! 野良だった頃よりよっぽどいい暮らしってもんでさぁ」
「まあ、良いもの食わせすぎで、太って動きが鈍くなっちまったんだがな」
俺は苦笑しつつ、まだ呆然としているエルニアに向き直った。
「つー訳だ。こいつのダイエットを兼ねて、お前の修行相手をさせる。喜べよ? 本物の古竜と稽古なんざ、なかなかできるもんじゃねぇぞ?」
俺がにやりと笑いかけると、エルニアの血の気がさっと失せて行った。
「そりゃあいい! 旦那がそんな形になっちまってからこっち、ろくに運動できやせんでしたしねぇ。エルニアさんと言いやしたかい? どの程度の腕かは存じやせんが、加減が効かなかったとしても、悪く思わないでおくんなまし」
愛らしい容貌に、本来の凶悪さを滲み出しながらポチも笑う。
「ま、アンバーを監督としてつけてやる。即死さえしなきゃ多少の怪我は大丈夫だろ。死なない程度にこってり絞ってもらいな」
任せたとばかりに俺が軽く手を上げると、アンバーが深くお辞儀を返してくる。
「さぁて。じゃあ、早速やりやしょうか?」
その声を皮切りに、ポチが見る見るうちに元の大きさへと戻っていく。
「え……ええええええええええ!?」
ポチが翼で吹き払った雲一つない青空へ、心もとなく鎌を握ったエルニアの困惑の叫びが響き渡る。
その声を背にし、俺とセレネは荒野から姿を消した。
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