第71話 指名

「そんな大役を、私に?」


 俺の言葉に、エルニアが目を見開いた。

 手にしたリンゴがぽろりとテーブルに落ちる。


「しかし、新参の私如きに務まるものでしょうか?」


 顔をかげらせながら言うエルニアに、俺はにやりとしてみせた。


「くくく。謙遜するなよ。お前のイカレた暴れぶりを見れば、誰だってビビるさ。何より殺しが大好きだと来れば、これ以上ない適任だぜ」


 そう言い返すと、俺は表情を引き締める。


「まあ、お前の言う通り、まだ経験が足りないのは確かだ。その辺は俺達でカバーしてやる。とりあえずは、俺並にやべぇ奴だって事を見せ付けてやりゃいいんだよ。幸いお前は、アドベースではまだ無名だからな。ド派手なデビューを演出してやるつもりだ。その為にも、お前自身もいくらかイメチェンして貰うぜ」

「と、言いますと?」

「まずは武器だな。お前が寝てる間に剣を見せて貰ったが、そりゃもうだめだ」


 エルニアの腰の剣を示し、俺は頭を振った。


 長い逃亡生活で、ろくに手入れをしていなかったのだろう。大小様々な刃こぼれだらけだったのだ。

 加えて遺跡で異形相手に酷使した挙句、終いにはアダマンタイトを叩き斬っている。折れなかったのが不思議なくらいだ。

 磨き抜かれた剣筋と、加護による怪力が絶妙に合わさってこそできた神業だと言える。


「聖堂騎士の剣は配給品とは言え、それなりの業物だ。どういう使い方をすりゃ、そうなるんだかな。まったくもったいねぇ」

「面目ありません……」


 しょんぼりと視線を落とすエルニア。


「俺も一本同じのを持ってるから、貸してやることもできるが……」

「ええ!?」


 俺が何気なく零した言葉に、エルニアは素っ頓狂な声を張り上げた。


「同じのをって、聖堂騎士の剣を!? 入団の証ですよ? ヴェリス殿は聖堂騎士だったのですか!?」

「ほんの一時いっときだけだがな」


 テーブルを乗り越えんばかりに身を乗り出すエルニアから逃れるように顔を引くと、俺は続けた。


「その剣は団員にならなきゃ手に入らないレアモノだからな。入団だけして、剣を貰ったらすぐおさらばしたんだよ」

「たったそれだけの為にあの過酷な試験を!?」


 エルニアが貧血でも起こしたよう姿勢を崩し、椅子へともたれかかった。


「……い、いえ、でも待って下さい。そんな理由で退団なんて、団長が許さなかったのでは?」


 踏み止まったエルニアの問いに、俺はあっさりと返す。


「ああ。抜ける条件として決闘を挑んできやがったから、軽く捻ってやった」

「まさか、あの団長を……」


 何やら化け物でも見るような目で、俺を呆然と見詰めるエルニア。

 訓練で手合わせでもした事があるのだろう。奴の実力を知っているからこその反応だ。


「そんな事があっただなんて、初耳です」

「まあ随分前の話だしな。そんな団の恥はとっくに揉み消されてるだろ。一応あのオヤジの名誉のために言っておいてやるが、奴が団長の器なのは間違いねぇ。ただ俺の方が強かった、それだけのこった」


 軽く言って見せたが、相手は選りすぐりの精鋭達の頂点に立つ男である。SSランクに相当する実力の持ち主だ。事実、当時の俺では一撃で倒すには至らなかった。

 結果だけ見れば圧勝だったが、俺の蒐集魂が奴のプライドより遥かに上回っていた、という点が勝負を分けたのだと思っている。


「そんな経緯があったとは……道理で聖堂騎士についてお詳しいと思いました」

「ふん、今は俺の昔話なんぞどうでもいい」


 鼻を一つ鳴らし、納得顔のエルニアに向き直る。


「そんな多少の苦労をして入手した物をだ。貸してすぐに壊されちゃたまらねぇからな。そもそもお前の戦い方に剣は向いてねぇ。いい機会だから得物を変えろ」


 そう言って、俺はダイニングの片隅を親指でくいっと示した。


 そこには壁に立てかけられた、漆黒の弧を描く長大な刃──リッチのいた広間から回収してきた大鎌があった。

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