第70話 処刑人の資格

「まぁ、こいつらの評判については大体聞いての通りだ。基本的に俺の監督下でしか動いてねぇからな。目に見える実績が少ないんだよ」

「ああ、言われてみれば……首都方面では、ヴェリス殿の偉業ばかりが取り沙汰されて、皆さん個々のお話は聞いた事がありませんでした」

「だが実力については相応だ。お前も身をもって知っただろう?」

「……ええ、それはもう」


 俺の言葉に、遺跡での闘いを思い出した様子で、エルニアは強く首を縦に振った。


「それでも処刑人には適正ってもんがある。ただ強きゃ良いって訳じゃねぇんだ」


 そう前置きして、俺は3人の性能と欠点を述べてやった。


 フェーレスは対人相手には必殺の力量を持っているが、怠惰なせいで処刑自体に乗り気ではない。結果、手抜きでさっさと終わらせる為に迫力に欠ける。

 ついでに言えば、軽薄な言動と恰好のせいで威厳の欠片も無い。


 アンバーは迫力と威厳については文句無しである。

 ただ、正面からぶつかって来る相手には滅法強い反面、動きが遅いのが致命的だ。逃げの一手を打たれるとどうしようもない。


 セレネに至っては加減が利かない事もあるが、そもそもが俺の筋肉にしか興味が無い奴だ。アドベースがどうなろうと構わないと考えている節があり、全く当てにならない。


 それぞれ冒険者としての実力は申し分ない。しかし、処刑人として運用するには難しい。

 今まで俺が一手に引き受けて来た理由もそこにあったが、後継者を育成しなかったツケをこんな形で払う事になるとは予想外だった。


「頭が回る連中はこいつらを正当に評価してるから今は動いてない。問題は、奴の方が多い事だ」


 俺は頭を人差し指でつんと差しながら、剥き終えていたリンゴを宙に放り投げた。


「ギルドの掟を満足に読めない奴らを教育してやるのが、処刑人の本当の仕事なんだよ。必勝必殺は当たり前。悪さをすれば具体的にこうなりますよと、どんな馬鹿にも分かるように、懇切丁寧に教えてやる事が肝だ」


 頭上のリンゴを見もせずにナイフを一閃させる。


「一人でも反抗する奴が出るようじゃぬるい。いかにがビビる殺し方を出来るか。それに尽きる」


 落ちて来たところを皿で受け止めると、リンゴはその衝撃で、ぱかんと均等に八つの櫛形くしがたに割れていった。


「お見事」


 アンバーが拍手を送ってくるのを脇目に、フェーレスが軽く笑い声を立てた。


「んふふー。八つに割って八つ裂きか。洒落が利いてるわね~」


 その手には既に割ったリンゴの一つがある。全く、手癖の悪い奴だ。


「ふん。そら、お前らも食いな」


 俺が皿を食卓の中央へ差し出すと、アンバーとエルニアの手が伸ばされた。

 セレネはと言えば、スプーン片手に船を漕いでいた。道理で先程から一言も上げない訳だ。


「八つ裂き、ですか。具体的にはどのような……?」

「そのまんまよ。八つにちぎって広場にポイ。意識が最後まで残るように加減して、散々泣き喚くところを見せ付けたりする訳。あ~、怖い怖い」


 エルニアの問いに、フェーレスは言葉と裏腹に明るく答えると、リンゴをしゃくしゃくと噛んだ。


 その様を想像してか、エルニアの白い喉が鳴った。


 ギルド本部がある中央区の広場には、公開処刑場が設けられている。

 俺がそこでパフォーマンスを始めて以来、ここ数年はとんと使用していない。


 小さないざこざはいくらでもあるが、一度目の警告で俺の名を出せば、大抵が丸く収まるようになっていたのだ。


「無法者にとっては地獄の処刑人。善良な民から見れば秩序の守護者。それこそ我らが勇者殿」


 アンバーが戦神にもするように、祈りの仕種を俺へ向けた。


「しかしその御威光なき今、我等ではその穴を補い切れず……己の不甲斐なさを痛感するばかりにて」


 そう嘆くアンバーを見て、エルニアの顔が青ざめている。


「……なんだか……想像以上に、凄い街なんですね……」


 俺達の拠点ホームという事に遠慮してか、言葉を選んでエルニアが呟く。


 今更ながらに、監獄都市と呼ばれる意味を理解したらしい。


「はっ。素直に酷い街だと言って良いんだぜ。実際犯罪者の方が多いんだからな。見た目こそ立派になったが、中身はスラムとそう変わらん」


 エルニアが言いたそうだった事をずばり口にすると、俺はリンゴに手を伸ばした。


「そして、このままほっとけば本物のスラムになっちまうだろう。そこでだ」


 リンゴをかじりながら、エルニアの目を見据えて告げる


「お前には、俺の代わりに処刑人として働いて貰う事にした」

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