第七章 死神プロデュース

第67話 回復

 エルニアの旺盛な食欲は目をみはるものがあった。


 アンバーが用意した料理を、俺達の分まで遠慮せず瞬く間に平らげた上、更にお替りまで要求したのだ。


 一体その細い体のどこに入るのかという量を、素早く、しかし行儀よく食べ尽くしていく。


 ついにはアンバーの調理が追い付かなくなり、食材のまま丸かじりを始める始末だ。


 あまりの食べっぷりの良さに、俺達は己の分を奪われた事も忘れて見入ってしまったくらいである。


 いよいよ食糧庫が空になるのではと心配になった頃、エルニアはようやく手を止めたかと思うと、直後にテーブルへ突っ伏して寝息を立て始めた。


 栄養を摂取した後は即睡眠ときた。なんとも本能に忠実な奴である。


 恐らく邪神の加護の反動で体力を使い果たしていたのだろう。

 普通に考えれば幾度も死んでいるようなダメージを無理矢理回復していたのだ。その消耗は相当なものだったに違いない。


 その疲労を抱えながら俺との問答をしてみせたのだから、実際大した根性だと言える。


 セレネもそれを実感したらしい。

 食後に幸せそうな顔を無防備に晒すエルニアを見ても嫌味は言わず、黙って結界の出入りを許可してみせた。


 そして余っている部屋をあてがってアンバーに運ばせ、ベッドに寝かせてから、はや2日が経過していた。




「勇者殿。エルニア殿が目を覚まされましたぞ」


 ダイニングに入って来るなり、朝食を前にした俺へアンバーは告げた。


「ふん。やっと起きたか」


 俺はソーセージをパンに挟みながら応じる。


「で、何でお前の後ろに隠れてんだ」


 それを一口かじり、アンバーの背中に隠れて小さくなっている人影へと声をかけた。


「……お、おはようございます……あの、その……」


 エルニアは挨拶こそ寄越して来るものの、一向に前に出てこない。

 もじもじとしているばかりだ。


「さっさと席に着け。飯が冷めるぞ」

「は、はい……この度は、加入早々に寝込んでしまい、誠にご迷惑をお掛け致しました……」


 アンバーが食卓へ進むのに合わせて、俺の目から逃れるようにその背中へ張り付くエルニア。


「それは構わんが。これは一体何の遊びだ」

「いえ、遊びではなく、恥ずかしいと言いますか」


 尚も姿を見せないままにごにょごにょと呟いている。


「はっきりしねぇ奴だな。アンバー、さっさと引っ張り出せ」

「はっ」

「ひゃあああ!?」


 とっさに逃げようとしたエルニアを、アンバーは子供でも抱き上げるように両脇を掴んでひょいと持ち上げる。


 そうして俺の前へと差し出されたエルニアは、白いキャミソールに黒と赤のチェック柄をしたプリーツのミニスカートを纏い、黒地に白いラインが走るニーソックスを履いていた。


 フェーレスが絶対領域だとかなんだとか言っていた組み合わせだったか。


 そんな小洒落た恰好へ差された腰の剣は、なんとも居心地が悪そうだ。


 俺はしばしそれを眺め回しながらパンを頬張る。


 ソーセージの塩気がマスタードの辛みと混ざり合い、絶妙な塩梅で舌の上を撫でた。


「……うう、視線が痛い……」


 アンバーに吊り上げられているエルニアが、半ば涙目になって呻いた。


「何が恥ずかしいんだ? 似合ってるじゃねぇか」


 口の物を飲み下した後、俺は軽く言ってやった。


「え……そ、そうですか?」


 エルニアは一瞬にへらっと頬を緩めるが、


「ああ。フェーレスの服だからか、胸元が緩そうだな。ノーブラはやめておけ」

「は? あ……!?」


 続く俺の言葉に慌てて胸元を押さえ付けた。


「し、仕方ないでしょう! フェーレスさんが大きすぎるんですよ!! 下着までは借りられませんし!」


 真っ赤になって抗議してくるエルニア。


 元々が流浪の逃亡犯だ。荷物は最低限で、替えの衣服も無かったらしい。


 アンバーとセレネは着替えの必要がなく、俺の服では丈が違い過ぎる。

 消去法で、現在この家でサイズが近い服と言えば、フェーレスのものだけとなる訳だ。


「もう素っ裸を見られてんのに、洒落た服ってだけで今更恥ずかしいもんか?」

「だよねー。せっかくあたしが選んであげた服にケチ付けるなんてさ~」


 俺の小さな疑問に追随するように、いつ間にかダイニングの入り口に現れたフェーレスが自然に声をあげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る