第58話 意外な幕切れ

 SSランク二人を前にして、一切の怯みを見せずに赤い瞳を揺らすエルニア。


 剣を咥えたままで口角を吊り上げるその形相は、狂気そのものである。


「──んんぅっ!!」


 腕の再生も待たずに、エルニアは血の糸を引きながらセレネに躍りかかる。

 首を捻り、咥えた剣でセレネの胴を一薙ぎにしようとしたところを、横からフェーレスがためらいなく蹴り飛ばした。


「弱そうな奴から狙うってのは基本に忠実じゃない。でもあたしを無視するのは気に入らないわね」

「貴方の発言も気に入りませんけど」


 セレネは不満気に言いながらも、冷静に行動を開始する。


 手近に転がっていた異形の死骸を尻尾で突き刺すと、地面へ着地したエルニアへと凄まじい勢いで投げ付けた。


 エルニアは態勢を崩しながらも飛んできた死骸を両断するが、それは囮である。

 その時には既にフェーレスの鋼糸が足へと絡み付いていた。


 さらりと光る線が流れ、一瞬遅れてエルニアの腿から下がぶしゃりと飛び散る。


「んあああ!?」


 悲鳴と共に剣を口から離したエルニアへ、死骸を陰にして飛び込んでいたセレネが尻尾を振るう。


 ズシュンッ!!


 それは的確にエルニアの鎖骨を貫き、その勢いのままに床を震わせながら叩き付けて縫い止めた。


「うあああああああああ!!」


 絶叫をあげてのたうち回るエルニアだが、四肢を失った今、どうする事も出来ない。


「全く……いざ自分が傷付くと大袈裟に鳴きますこと。急所は外しましたのに。実に滑稽ですわね」

「ねー。これじゃあたしらがいじめてるみたいじゃん」


 セレネに同調しながら、フェーレスが左手を振るい、治りかけていた両腕を再び肉片へと加工する。


 うむ。自分で命じておいてなんだが、実に非情かつ効率的な奴らである。


 それにしてもエルニアもしぶといものだ。二人の加減が上手い事もあるが、あれだけの大怪我なら普通は失神、下手すればショック死するところだが。


「まあいい。アンバー、さっさと正気に戻せ」

「承知」


 そうアンバーへ鎮静化の奇跡を指示した時だった。


「──うおああああああ!!」


 エルニアが一際大きな叫びを張り上げると、遅々としていた身体の再生が一気に加速したではないか。


 アンバーもかくやと言う程の治癒速度を見せ、にょきにょきと手足が生えていく。


 すかさずアンバーが足を押さえることで動きは封じたが、口から泡を吹きながらも抵抗する姿はまるで狂犬だ。


「ちっ、振り出しか。フェーレス、もう一度……」


 俺が指示を出そうとした時、ふと喚いていたエルニアの声が途絶える。


「……何だ?」


 思わずその顔を覗き込むと、いつの間にかに瞳に灯っていた赤い光は消え失せ、元の澄んだ青を取り戻していた。


 そして一言漏らす。


「……お……お腹空いた……」


 その言葉を置き去りに、エルニアはがくりと顎を下ろした。


 アンバーが脈拍と呼吸を確認し、首を捻る。


「……ただ眠っているだけのようですな」

「燃料切れ……ってことか?」

「はぁ? たかが一時間程度動いただけで? 貧弱すぎない?」

「私以下のスタミナですわね……」


 口々に感想を零すが、当のエルニアはむしろ清々しくも見える顔で寝息を立てている。


 あれだけの治癒を連発したのだ。そのせいもあるのだろうが。


「あー……まあ細かい事は後だ。目的地には着いた。アンバーはそのままそいつを見張ってろ。異形もまたこっちに来るかも知れねぇから通すなよ。俺達は中の安全を確保するぞ」


 俺はさっさと頭を切り替えると、それぞれに指示を飛ばして動き始める。



 最深部に入り込んだ異形どもの掃除を済ませ、セレネの刻印を設置し、扉を封印した後、俺達は街へと引き上げた。












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