第57話 不屈の闘志
覆水が盆に……
しゅるしゅると糸を巻き取るが如く、エルニアのばら撒かれた血肉が肩の下へと集結していく。
こいつは神官の力を兼ねる元聖堂騎士である。自己治癒の奇跡を起こしても何ら不思議はない。
しかし腕の欠損を修復する奇跡など、アンバー級の信心があって初めて成立するものだ。
試験の際にエルニアは、アンバーのもたらした御業に驚愕をしていた。その事から、神官としてはそこまでの力量は無いものと判断していたのだが。
まさか、あれは演技だったとでも言うのか?
そのように俺が唖然としている間にも、エルニアの腕の再生は進む。
「──こんの……さっさと落ちろってーの!!」
エルニアの首へ腕を回していたフェーレスが我に返ると、改めて裸絞めを敢行する。
しかし気を取られた隙にエルニアは顎を下げており、頸動脈をガードされてしまった。
そして、
「ふっ!」
エルニアは鋭い呼気を吐くと共に上半身を勢いよく前傾させ、背後のフェーレスを前方へ投げ出したではないか。
「あぁ、もう!」
床に叩き付けられるのを嫌い、フェーレスは舌打ちしながら絞めを解いて宙を舞うと、俺の近くへと降り立った。
「エルニア! 死にたくなきゃ抵抗するな!」
思わず俺は地で叫ぶが、全く届いていないようだ。
「ふふふ……ふふふふ」
笑いながら落ちた剣を蹴り上げると、その口に咥えて見せた。あくまで徹底抗戦のつもりらしい。
それはそうか。あっさりと自殺未遂をして見せた奴だ。死など怖くもないのだろう。
「──どーすんのよアレ。そろそろ手加減すんのも面倒なんだけど」
苛立ちを通り越し、背筋が凍りそうな程の平坦な声を寄越して来るフェーレス。
不味いな。これは本気で切れる寸前だ。
「……足だ。セレネも行け。多少壊しても構わねぇ、とにかく動きを止めろ!」
この面子が揃っていて、ひよっこ一匹を生け捕りに出来なかったと知れれば、グレイラに何と嫌味を言われるか分かったものではない。
「は~あ……良い? あんたの頼みだから付き合ってやってんだからね。本当ならもうぶっ殺してるとこをさ」
「私に肉体労働をさせるからには、対価は高く付きますわよ?」
「ごちゃごちゃ言うのはとっ捕まえてからにしろ! 早くしねぇと腕が治る!」
俺はアンバーからひらりと飛び降りると、ぶつくさ文句を垂れる二人に発破をかけつつ、並んだ二人の尻を盛大に引っぱたいて送り出した。
「おぅふ! ん~、効くわこれ~!」
「ええ、これはこれで……」
一応やる気は注入できたらしい。二人が揃って足を踏み出す。
「アンバー、もう落ち着いてるな? 動きを止めたらお前の出番だぞ」
「……はっ、承知」
背後のアンバーへも声をかけると、若干名残惜しむような雰囲気を纏わせた返事があった。
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