第55話 今の最善を尽くせ
「んふふー。コレ超気に入っちゃった。美少年のプレゼントだと思うと愛しさも倍増だし~」
駆ける足はそのままに、着用している革グローブへと、だらしなく緩んだ頬を擦り付けるフェーレス。
その間にもアンバーを避けて回り込もうとする異形が現れた。
が。
きらり、と数本の細い糸がセレネの光源を一瞬だけ反射させる。
すると異形は走りながら悲鳴も上げずにコマ切れになっていった。
フェーレスのグローブの指先から伸びた
「試作品だが、調子は悪くねぇようだな。だがまだ強度までは完全に保証できねぇ。無茶はするなよ」
「あいさ~」
軽く返しながら手首を揺らし、鼻歌混じりに行く手の掃除を続けるフェーレス。
このグローブも俺の錬成品の一つである。
以前ふん縛った際にベヒーモスの体毛の頑丈さに着目したフェーレスが考案し、そのリクエストに応える形で作ってやったものだ。
ミスリル銀糸を芯に、ベヒーモスの体毛を撚り合わせて合成した事で、アンバーが綱渡りをしても千切れない程の柔軟さと頑丈さを両立させている。
更にはベヒーモスの外皮をなめして作ったグローブに仕込む事で、自分の手元を傷付けずに操る事を可能とした。
そこにフェーレスの妙技が合わさればこの通り。鎌鼬とは比にもならない切れ味を誇る逸品と仕上がったのだ。
我ながら良い仕事ぶりである。
「……少々、慎重に過ぎましたかしら」
魔族の正体を現し、フェーレスの反対側を低空飛行しながら先々の異形を視線で縫い留めているセレネが零す。
「これならば、あのように下賤な余所者の手など借りずとも済んだのでは?」
セレネはちらりと俺へ目を向けると、苛立ちをぶつけるように、すれ違いざまに異形をその尻尾で薙ぎ払った。
「……かもな……」
俺は一拍置いて返すと、仮面の裏で溜め息をついた。
助っ人を頼んだのは、数週間前のあの時点では最善の選択のつもりだった。
しかしこの3人がここまで強くなっていた事はまるで計算外だ。
こいつらは言わば俺の弟子も同然である。高めの評価をしていたつもりが、どこかに侮りが残っていたのかも知れない。
俺自身も、今回は微塵の油断も無い。こうして準備万端で臨んでいる。あの時とは何もかもが違うのだ。
今現在はエルニアが露払いをした結果で悠々と進んでいる形だが、状況としては、元々4人で挑もうと計画をしていた際の構想に近いものがある。
この調子だとセレネの言う通り、俺達だけでも何とかなった可能性は高い。
「……だがな、いつも言ってるだろうが──」
「「過ぎた事はしょうがねぇ。今やるべき事をやれ」」
俺の後を継ぎ、左右からフェーレスとセレネの唱和が響く。
「でしょ?」
「うふふ、耳にタコですわ~」
二人がからかうように笑みを向けて来るのへ、俺もにやりと一つ返してやった。見えてはいないだろうが。
「ふん、上等だ。この勢いで突っ走れ!!」
がつがつとアンバーの兜を蹴り付けながら叫ぶ。
それに呼応して加速していく視界の中で、俺は奇妙な充足感を味わっていた。
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