第五章 待ちに待った再探索
第50話 探索再開
面接の翌日を準備にあて、更に明けた二日後。
エルニアを加えた俺達5人は、遺跡の入り口前へと転移を果たしていた。
「……これが転移の術というものなのですね。初めて体験しましたが、とても奇妙な感覚です」
興奮を隠しきれない様子のエルニアが、ぽつりと零す。
「貴重な経験になりました。ありがとうございます、セレネさん」
エルニアの礼を受け、セレネが意地の悪い微笑を浮かべる。
「うふふ、もっと感謝にむせび泣いても宜しくてよ? この術を扱える者など、数える程度しかいないのですから」
「はい。Sランクの魔術においても最も上位の難易度を誇るものだと聞いています。流石は我が国唯一のSSランク魔術師殿。恐れ入りました」
生真面目はエルニアは、セレネの自慢気な言も正面から受け取り尊敬の眼差しを向けている。
セレネの本性を知ったらどう反応するのやら。
「しかしこの感覚は独特ですね。何と表現すれば良いのか……一瞬自分が無に還ったような気さえしました」
エルニアはそんな感想を漏らしながら、自分の身を見回している。
そう思うのも無理はない。
転移の術が発動する瞬間は、何か大きな手のようなもので身をつまみ上げられ、ぽいとその辺に放り出されるような浮遊感に包まれるのだ。
そして地に足が着いたと感じた頃には、既に全く違う場所に立っている。
味わった者にしかわからない、何とも不可思議な心地である。
「まあ、すぐ慣れますよ。むしろ僕はこのすとんと落下していくような感じが癖になっちゃいましたし」
「確かに。気持ち良いとも思えるものでしたね」
三半規管が弱い者だと、慣れない内は転移する際に酔う事も多いが、エルニアは鍛えているだけあって平気そうだ。
俺の顔もやっと見慣れたようで、正面から声をかけてもエルニアは鼻血を噴き出す事はなく、自然な笑みを浮かべた。
「よし、敵影なーし。ほら、いこいこ」
周囲の安全を確認していたフェーレスが先頭に立って歩き始める。
それに追従し岩壁の合間を縫って進むと、ぽっかりと開けた広場へ出た。
正面には石造りの巨大な扉。
その手前には、奇怪な形状をした骨の欠片が散乱している。
以前訪れた際に退治した異形どもの成れの果てだ。放置していた屍肉を野生動物が食い漁ったのだろう。
「……入口にして、これ程大量の敵が待ち構えていたのですね」
エルニアが山と積まれた骨の残骸を見据えて呟く。
「なーに? エルにゃん、ビビっちゃった?」
それを耳聡く聞きつけたフェーレスがすぐさま茶化すが、エルニアは首を振った。
「いいえ、逆ですフェーレスさん。その方が我が剣も振るい甲斐があるというものです」
と、腰の剣に手をやりながら即答する。
なんとも頼もしい言葉だ。
ちなみに殿呼びからさん付けに変わっているのは、アンバーと被る上に堅苦しいのでやめるように言い含めたからだ。
初めは呼び捨てでも構わないと言ったのだが、俺達の方が冒険者として大先輩だからとエルニアは主張し、結局全員にさん付けする事で収まった。
規律と上下関係に厳しい元騎士らしい融通の利かなさである。
「それよりも……やはり慣れませんね、その呼び名は」
エルニアが頬を軽く朱に染めてフェーレスを見やる。
「えー? 可愛いと思うんだけどな~、エルにゃんエルにゃん、にゃんにゃんにゃ~ん」
フェーレスが首を傾げながら、拍子に乗るように広場をスキップで横切っていく。
「気にしない方が良いですよ。そうやって照れる所をいじるのが趣味な人なので。僕だってヴァイスきゅんなんて恥ずかしい呼び方を敢えて我慢してるんですから」
そう助言する俺へ、エルニアは猛然と向き直った。
「──いいえ! それは貴方にとてもお似合いかと思います!!」
「そ……そうですか……」
「いっそ私もそうお呼びしても?」
「それは全力でお断りします」
「そんな事言わずに……」
こいつ、本当は少女だけじゃなく可愛ければなんでも良いんじゃないのか?
拝むように合掌しつつ頼み込んで来るエルニアの視線を逃れ、俺はアンバーの背負った大きなリュックの裏へと回る。
「アンバーさん、ちょっとしゃがんで下さい」
「はっ」
アンバーが言う通りに腰を落とすのを待ち、リュックの中を漁り始める。
「あったあった。もう立って良いですよ」
「おや、それは如何なるものでしょう?」
元の姿勢に戻ったアンバーが振り向いて尋ねて来る。
その視線は、俺が手に取った黒い仮面へ注がれていた。
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