第49話 腕が立つなら構わんが

 鋭い斬撃が、刃の嵐を切り崩しながら突進を続ける。


 竜巻を押し返して完全に霧散させた後、勢い余ってフェーレスが立つ場所を派手に穿ってから、ようやくその軌跡は消滅した。


 轟音と共に、部屋全体がズシンと揺れに見舞われる。


「……なかなか無茶しやがるな。だが気に入った」


 ばら撒かれた瓦礫から湧き上がる埃をマントで避ける俺の口元へ、自然と笑みが浮かんでいた。


 正直ここまでやるとは予想外だった。元の姿で剣を持った俺とも良い勝負になりそうだ。

 重度のロリコンを帳消しにしても、なお釣りが出る力を見せ付けてくれた。


 これならば、何の心配もなしに探索に臨めるだろう。


 しばらくして埃の煙幕が薄れ、床の大穴を前にして残心を取るエルニアが見えて来た。


「……流石はSSランクを冠するお方。やり過ぎたかと思いましたが、無用な心配でしたね」


 エルニアが敬意を表すように、姿勢をそのままに瞑目する。


 その背後には、馴れ馴れしくエルニアの肩へ肘を乗せ、得意顔でにやつくフェーレスの姿があった。


「あれ程の技も、貴女にとってはただのフェイントにしか過ぎないとは。感服致しました」


 エルニアは剣を収めると、フェーレスの手から逃れて向き直る。


「いやー、あんたこそ。あたしに回避を選ばせる程の攻撃仕掛けて来たんだから大したもんよ。花丸あげちゃう」


 フェーレスも久々に歯応えのある相手とやれて満足気だ。


「お褒めに預かり光栄です。お手合わせありがとうございました。改めて、名をお聞かせ願えますか?」


 一礼してからエルニアはそう問うと、右手を差し出した。


「フェーレスよ」


 短く答え、握手に応じるフェーレス。

 その手がしっかり握り合わされた時、エルニアの目を見ながらフェーレスが破顔した。


「そんな訳で、これからよろしくね、エルにゃん?」

「エ、エルにゃん!?」


 早速に妙なあだ名を付けられて、困惑するエルニア。


「何? あたしの付けたげた呼び名がご不満?」

「あ、い、いえその……私には少々可愛らし過ぎて似合わないのでは、と……」

「いーじゃんいーじゃん、可愛いは正義! イイ女ってのは、自分の美貌を自覚するとこからがスタートよ?」

「び、美貌だなんて……!」


 からかい半分のフェーレスにどんどん萎縮していくエルニア。せっかくの健闘が台無しだ。


「エルニアさん。謙遜は必要ありませんよ。綺麗で可愛くて強い。貴女はそれを見事に証明しました」


 俺は苦笑しつつも、そんな二人に軽い拍手をしながら歩み寄る。


「あ、貴方までそんな……」


 もじもじと身をくねらせて照れるエルニアの前へ立ち、俺は続けた。


「フェーレスさんがあだ名を付けるのは、友好的に接すると決めた人だけです。つまり」

「つ、つまり……?」


 言葉を切る俺に、エルニアが喉を鳴らしながら青い瞳を向けて来る。


「おめでとうございます、文句なしの合格です。お疲れ様でした」


 再度俺が拍手をすると、後ろを歩いていたアンバーも小手を打ち鳴らした。


「お見事でしたぞ、エルニア殿。これで我が主の裁定が正しいと証明され申した。実に目出度めでたい事です」

「アンバー殿……ありがとうございます。貴方のお力添えが無ければ、この機会を得られませんでした」


 姿勢を正して深く頭を下げるエルニア。それに対し、


「何の。拙僧は主の御心をお伝えしたまで。これなるは貴殿が自身で拓かれた道。どうか胸を張られよ」


 アンバーはそう言って彼女の肩に優しく手を置いた。


「……はい!」


 元気よくエルニアが返事をしながら身を起こすと、俺達の後ろから声が聞こえて来た。


「……はぁ~……あんまり退屈だから、セレネとお喋りしてちょいと目を離せばこれだ。普段使わないこの部屋にしといて大正解さね」

「あらあら。手加減ができないのでしたら、私達の二の舞になりませんかしら?」


 試験などそっちのけで世間話に興じていた二人が、ぐちぐちと言いながら寄って来る。


「修理代はヴェリスに回すからね。文句は言わせないよ」

「……は~い」


 床の大穴を親指で示しながら俺をじろりと睨むグレイラに、俺はしぶしぶ了承を返した。


 まあ仕方あるまい……欲しい人材は確保した。必要経費と考えれば安い物だ。


「さて、時間もちょうど良い頃合いです。細かい打ち合わせは昼食を取りながらにしましょうか」


 俺は懐の時計を確認し、エルニアへ目を戻す。


「その前に、改めまして。僕はSSランク冒険者ヴェリスの甥、ヴァイスと言います。これからしばらくの間、よろしくお願いしますね!」


 しまった──と思った時には既に遅く、俺は上機嫌のままに微笑みながら手を差し出していた。


「……こ、こちらこそ宜しくお願い致します! 精一杯力を尽くす所存です!!」 


 勢い込んで両手で俺の手を握るエルニアの顔面には、再び朱い筋が尾を引いていた。

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