第47話 採用試験

 初撃を撃ち落としたエルニアが、僅かな驚愕を瞳に浮かべている。


 確かに何かを弾いた手応えを感じたはずだ。外野の俺達もその音は聞いている。


 だがしかし。

 弾いたはずの物がどこにも見当たらないのだ。


「はーい、第1ステージクリアおめっと~。今のは入り口開けた時の奇襲ね。それじゃ、次は第二波~」


 フェーレスが緊張感の欠片も無く口を開き、同時に振るわれた手に合わせてエルニアは剣を振り払った。


 ギィン! キキキン!


 正体不明の攻撃に戸惑ったのも束の間、エルニアは集中を高めて見えざる攻撃をしっかりと凌いでいく。


「まずはお見事……と言えますな」


 俺の隣に寄って来ていたアンバーがぽつりと呟く。


「ああ。手加減してるとは言え、初見であれに反応出来ただけでも大したもんだ」


 それに同意しながら、俺はほっと胸を撫で下ろしていた。


 下手をすれば一瞬で終わってしまう可能性もあったが、ひとまず出だしは好調だ。


 フェーレスが繰り出す高速の連続攻撃を、エルニアはその場から退くことなく最小限の動きで次々と弾く。

 その顔からは既に焦りは消え去り、完全な武人として戦闘に没入を始めていた。


「いいよいいよー、その調子。段々数が増えるから集中ね~」


 左手を腰に当て、自然体のまま右手の先のみを振るうフェーレス。

 その言葉通りに、エルニアが何かを弾く音のペースが徐々に上がって行った。



 指弾、と言う技がある。


 肉体を武器とする格闘家の奥義の一つだ。

 親指を拳の内側へと握り込み、強烈に弾き出すことで圧縮した空気をつぶてとして投擲するもので、徒手にして遠距離攻撃を可能とする神業である。


 本来ならば途方もない修練の果てに会得するものだが、フェーレスは類稀たぐいまれな速さと柔軟性のみで似たような技を編み出してしまった。


 驚くべき事に、手首の捻りと指のしなりだけで空気を弾き飛ばしているのだ。


 身体の起こりも何もなく、軽く手首を振るっただけで、不可視の攻撃が正確に急所へ襲い来る。


 その恐ろしさを、まさに今エルニアは身をもって体験しているだろう。

 チリッと、防ぎ損ねた一つがその頬を掠め、皮膚を浅く切り裂いた。


 音速を超えるフェーレスの手から発生する衝撃波は、最早礫と言うには生温い。人の肌など軽く切り刻む、鎌鼬かまいたちとも呼べる代物である。


 本来なら、服を脱がすだけの変態技を神の手などと名付けず、こちらこそをそう呼ぶべきなのだ。


 これ程の絶技を、「短剣投げると回収するのがめんどい」との理由で思い付いたと言うのだから、とことんふざけた奴だ。


「……久々に見たが、あいつも人の事言えねぇくらいには人間辞めてるよな」

「左様で。こと速さと器用さにおいては、勇者殿とも渡り合いましょうぞ。それでこそSSランク。それでこそ道行きを共にする価値や有り」


 ぽろりと零した俺の感想へ、アンバーが深い相槌を打って見せた。



 手配犯として各地を荒らしていた頃のフェーレスは、まだ10代の小娘だった。しかし俺が捕縛に出向いた時にはもうこの技を身に着けており、果敢に挑んできたものだ。


 実際大した技だった。当時既にSSランクだった俺に初っ端から命中させたのだから。

 ただ、一つ欠点を挙げるとすれば、一発一発で見れば威力が弱い事か。

 せいぜいが短剣で斬り付けた程度で、重装備の者や大型魔獣には効果が薄いのだ。

 遺跡のタフな異形の大掃除には向かないと自らも認めている。


 それでも並の戦士では対抗しようもあるまいが、俺にとっては防御の必要すらなく、ただ直進してあっさりと引っ捕まえてやった訳だ。


 その時俺は、生意気だが才気に溢れる小娘を死罪にさせるのを惜しみ、国とギルドに掛け合って引き取った。

 そして冒険者として鍛え上げてやった結果がこれだ。


 我ながら慧眼だったと言えよう。



 慧眼と言えば、今はそうだ、エルニアの才を見極めなければ。フェーレスとの思い出に浸ってどうする。


 意図せず深い思考に陥っていた意識を、立ち合いの場へと戻す。


 すると丁度、次のステップへと切り替わる所だった。


「はーい、第2ステージクッリア~。いい調子ね~。第3ステージは十字路に差し掛かりまーす。と、言う訳で……」


 未だ息の乱れないまま剣を構えるエルニアを見て、フェーレスは心底楽しそうな笑みを浮かべると、腰に当てていた左手を持ち上げた。


「左右からの敵も合流するから一気に増えますよー。覚悟は良いかな、お嬢ちゃん?」


 両手を顔の前で交差させ、その裏でフェーレスはわらっていた。

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