第20話 人の話は最後まで聞け

 袋を取り払った後に現れたのは、ぱっと見は飲食店で使うような、高さ1m程もある大きな釜だ。


 蓋を取って中を覗き見ると、虹色に光る液体で満たされている。


 久しぶりに見るのでどうなっているか心配だったが、流石は無限の金庫。見た所大きな変化はなく、そのまま使えそうだ。


「何とも面妖な。これは如何様な物なのでしょう?」


 アンバーが首を捻って尋ねてくるのに対し、俺は釜を勢い良く指し示して声を張る。


「聞いて驚け。これが錬金術において最も重要な器具。その名も錬金釜だ!」


 一瞬の静寂の後に、フェーレスが口を開いた。


「……うわー、安直。もうちょっとこう、なんとかならなかったの?」

「格式に欠けると言いますか……ねぇ?」

「拙僧に振らないで下され。黙秘致しますぞ」

「うるせぇな! 俺だってそう思うわ! だが元祖がそう名付けちまってんだからしょうがねぇだろうが!!」


 追随する散々な評価に怒鳴り返す。


「だってさー、見た目も何これ? シチューでも作るの?」

「食堂で見かける物とそっくりですわね」

「中身はどう見てもシチューではありませんが……はてさて」

「レイシャが自作した時に、手頃な大きさの容器がこれしかなかったんだとよ! そのお下がりだから文句も言えねぇ!」


 錬金術を学ぶ上で最もハードルが高いのが、この錬金釜を入手する事である。


 容器そのものは市販の鍋等なんでも良いのだが、中身を満たす特殊な溶液が肝で、駆け出しの時点で作成する事は不可能に近い。


 それ故錬金術を志す者は私塾へ通ったり、師を得て住み込んだりして、一人立ちするまで錬金釜を貸して貰うのだ。


 この釜はレイシャが独立時に作成したもので、後に腕を上げてから別の釜を新調した際に、半ば押し付けられる形で譲り受けたのだった。


「見た目はこうだが、錬金釜としての性能は問題ない。お前らに渡したポーションはこれで作ったんだからな」

「マジかー……あんまり気にした事なかったけど、割と錬金術って謎だらけよね」

「確かに、調合している様など見た事もありませんわね」

「どのようにして薬を作り出すのか、興味が湧きますな」


 口々に言うのを聞き、俺は金庫からいくつかの素材を取り出すと、テーブルの上へと並べて見せた。


「昔放り込んだままだった材料が色々ある。試運転がてら、軽く何か作ってみるか」

「何その雑草。そんなん薬になるの?」


 フェーレスがそれを眺めて言ってくる。


「薬草だ! レンジャーの癖になんで野草の区別が付かねぇんだよ!」

「あたし都会派だからさ~。そういう泥臭いのはパスで」


 そう言えばこいつがパーティに入った頃には、薬草採集依頼なんて全く受けなくなっていた。

 自分で言うだけあって、フェーレスの都市や屋内探索能力は一流だ。それだけで仕事をこなすには十分だったのだ。


「それで勇者殿。これらをどのようにして薬と成すのでしょう?」

「お前ら、これを馬鹿にした事を後悔するぜ? この釜はな、既定の材料を放り込めば後は勝手に錬成してくれる優れものなのよ」


 俺は片肘を組み、人差し指を振りつつ説明を始める。


「ちょいと昔までは、錬金術と言えば材料を刻んで、すり鉢で混ぜ合わせてってな具合で時間がかかりまくりだったらしいがな。この釜が発明されてからは大分手間が省けて、コツさえ覚えちまえばささっと錬成できるようになったって訳だ」


 素人相手に知識をひけらかすという行為は、とても気分の良いものだ。

 昔のレイシャも得意気に先生面をしていた。あの時の彼女もこんな気持ちだったのだろうか。


 目を瞑れば浮かび上がるその光景を懐かしみながら、揚々と3人の即席生徒へと教授を続ける。


「中に入ってる液体は世界霊液エーテルと言ってな。俺はまだ作り方まで知らないが、レイシャによると空気中に漂う、目に見えない物質を抽出して出来るもんらしい」

「魔力とは違うものですの?」


 セレネの質問が飛んで来た。


「良い質問だ。お前なら解析すれば分かる。視てみな」


 俺の言葉に従い、セレネが集中を始める。


「……何も魔力を感じませんわね」

「そうだろ。魔術ってのは大抵が、火、水、土、風の四大元素と、光と闇の二相剋そうこくを扱うもんだな。だがエーテルは、そのどれにも当てはまらない物質を選り分けて精製してるって話だ。魔術による解析が利かないのはそのせいだろうよ」

「そういう事だったのですね……」


 理解はしたが、納得のいかない表情だ。


 俺が戦闘力に絶対の自信を持っていたように、セレネも魔術に関してはエキスパートだ。それが通じない存在に対して良い感情を抱けないのは頷ける。


「ふ~ん。じゃあ魔術が使えなくても、魔道具並みの物を作れるって事じゃん。何気に凄くない?」

「だから言っただろ。錬金術を馬鹿にし過ぎだと」


 錬金術は魔術の才能が無い者でも、似たような力を扱えるようにと発展を続けてきた学問だ。

 ただ、その領域まで至るのに莫大な費用がかかるので、結局日の目を見ないままなのだが。


「あまり小難しい事言ってもわからんだろうからざっくり言うとな、このエーテルが素材同士を上手いこと混ぜながら結合して仕上げてくれる訳だ。まあ、もちろん多少の手は加える必要があるが……」


 俺の説明を他所に、フェーレスとセレネが素材を手に取り始める。


「入れるだけで作れるならあたしにもできそうじゃん」

「本当にこれだけであんな高位のポーションが作れますの?」


 言うが早いか、ぼちゃぼちゃと素材を丸ごと全部釜に投入してしまったではないか。


「おい、お前ら何してくれてんだ!! そのまま入れる奴があるか!」

「え? だって入れたら勝手に作ってくれるんじゃないの?」

「何で話を最後まで聞かねぇんだ! 入れるにしても段取りってもんがあるんだよ! 分量とか入れる順番とかな! 料理だって下拵したごしらえくらいするだろうが! それと一緒だ!」


 俺の叫びに二人はきょとんとした顔を見合わせている。


「そう言われましても……」

「あたしら料理なんかした事ないし」


 「ねー?」と声を揃える二人に頭を抱えたくなるが何とか抑え込む。


「ねー、じゃねぇんだよこの家事全滅コンビが! ああ、もういいからそこをどけ!」


 俺は二人を押し退けると、付属の大きなさじを手に取り釜の中へと突っ込んだ。


「ええい、くそが! もう溶けちまったのか!?」


 匙をぐるぐるかき回すものの、材料らしき手応えがない。

 そうこうしている間にも、釜から黒い煙がもくもくと湧き出し始める。


「ああ、やべぇぞこりゃ! アンバー! 蓋を閉めてしっかり押さえてろ!」

「は、はぁ。承知」


 俺は匙を放り投げ、事態が呑み込めていないアンバーにげきを飛ばす。


 そして来たる衝撃に備え、ベッドの下へ滑り込むのと同時に、


 ボフン!!


 と、盛大な噴出音が鳴り響いた。


 アンバーでさえ抑えきれない程の爆発が起きたのだ。


 幸い勢いの大部分は殺せたようだが、蓋の隙間から洩れたのだろう真っ黒な煙と灰が、部屋一面を埋め尽くして行く。

 ベッドの下にさえそれらは潜り込み、目を閉じ呼吸を止めた俺に纏わりついた。


 それが収まった頃、ベッドから這い出ると、灰まみれで咳き込んでいる三人の姿が目に入る。


「……こういう事があるから頑丈な容器を選んでんだ。素人が雑に扱うと、どうなるか分かったか?」

「げほっ……目に……身にも染みてるとこ……」

「コホコホッ……ですわー……」

「拙僧、全くのとばっちりでは……」


 俺はアンバーへ歩み寄ると、


「お前はよくやった。お陰で部屋ごと爆散せずに済んだぜ」


 背中を叩いてそう労ってやった。


「おお……勿体ないお言葉です……」


 感動に打ち震えるアンバーから、俺は実行犯二人へと視線を移す。


「……てめぇらは二度と錬金釜に触れるな」

「りょーかーい……」

「ですわー……」

「そして、本日のミッションを発令する。この部屋の大掃除だ。異論はねぇな?」

「うぇーい……」

「承知……」

「ですわー……」


 こうして今日は一日清掃作業に明け暮れる羽目になった。











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