習作練習帳
風薙流音♪
お題「はじめまして、ではないでしょう?」
転校生をご存じだろうか。
今朝方ぶつかった失礼極まりない人間が転校生で、お互いに恨み言を言っていたらお世話係を押し付けられて一緒に校舎を回っているうちに良いところに気がついてドギマギしたり、幼い頃に結婚の約束をした幼馴染みが引っ越した先から突然に戻ってきてその変わった姿と変わらない馴れ馴れしさにドキドキしたりする、それだ。
季節外れの転校生であれば、物語の終盤へ向けての重要キャラクターに違いない。触れればただでは済まされない。彼/彼女を起点として物語が加速していく。
そう、きっと主人公の目を見てこういうはずだ。
「はじめまして、ではないでしょう?」と。
僕は常日頃から、転校生を警戒している。転校生にだけは関わらないと決めている。主人公を張るようなキャラではないけれど、平穏無事に何事もなく、普通で穏やかな心安らぐ学生生活を満喫したい。
僕は、そういう方針だ。
そういう事を理解していただきたい。
だから、僕のクラスに転校生は、辿り着けない。
決して、絶対に。
♪♪♪
暇潰しにはちょうどよいと思った。
箱庭のように限定された世界。
ゲームの参加者は肩書きを選び、その役割を演じる。
だから今日も、軽い気持ちで参加した。
舞台は「教室」。
既に「先生」や「生徒」が何人か、来ているようだ。
ちょっとした刺激があるといいだろう。
定番やお約束は、こういった複数人での遊びでは大事だ。
肩書きに「転校生」を選ぶ。
キャラクターメイキングはこだわりすぎてもしょうがないので必要最低限にさささっと済ませる。
エントリー ── 認証待ち ── 承認
《ようこそ》
システムがスタンバイになり、教室の扉の外に私のキャラクターが現れる。
さて、どの「生徒」と絡もうかな。ちょっと捻って、「先生」と幼馴染みですとかどうかしらね。
この思案する時間がまた、いい。
よし、決めた。
窓際のぽーっとした男の子に仕掛けよう。
一時の恋を味わわせて、あ・げ・る……!!!
♪♪♪
僕は「教室」が好きだ。
だから、まぁ、大抵の場合は、エントリーしてすぐに「教室」を選ぶ。
生徒を演じたり、先生を演じたり、あぁ、教室で飼われているカブトムシとか、地縛霊とかも一通り履修済みだ。
脇役は脇役らしく。役割を演じきる。
「転校生」は選んだ事がない。
しかし、「教室」を選んでいれば三回に一回は「転校生」がいる。
何度目かの「転校生」に話し掛けられて、わかった。
僕は「転校生」に巻き込まれたくなかったんだ。
こんなにも素晴らしい日常は、僕が守る。
たかがゲーム。されど、ゲームという舞台で起こる、僕の現実だ。
今回の「転校生」も、エントリー回数が多い。熟練だ。でも、まだ僕の方が歴は長い。
このゲームは、奥が深いんだ。
君は、知らないだろう。
このゲームの戦い方を。
《ロケット鉛筆をロケットに変換》
《「転校生」に対して、ロケットで攻撃》
ほんの2行。
教室に入らせることもなく、「転校生」が教室の前から削除される。役割は終了。
他のユーザーは名乗りをあげてもいない「転校生」に気付いてもいないだろう。
このゲームの奥は深い。
……穴が多くて、バグだらけなのさ。
♪♪♪
教室に入ろうとしたらロケットにぶつかって、強制的に弾かれた。
バトルストーリーでもないのに、「敗北」ってナニソレ。
「転校生」が教室に入れないバグって、コレのこと?
いや、私が「敗北」ってことは、教室の中には「勝利」した奴がいるんじゃないの。
私の癒しの時間をロケットで吹っ飛ばした不届き者が、いる。
私の華麗なる転校生ロールを、一言話すどころか、姿形さえも見ずに否定した、無かった事にした奴がいる。
すんごく、なぐりたい、ゲームのなかで、こなごなに。
もう一度エントリーしようにも、このゲーム特有の《運命は巡り続ける》なんていうシステムのせいで、同じ人とはしばらくマッチングしない。
それこそ、何ヶ月も先の事だ。
逆に言うと、ほんの数カ月先なら、マッチングする。
「教室」なのに、登場前の「転校生」にロケットを飛ばす。
そういうことが出来るとわかった。
覚悟しなさい。
絶対に、見つけ出す。
♪♪♪
転校生のいない平穏。
様々な教室で、僕は学生生活を堪能している。
たまに「転校生」がいても、「教室」に入りさえしなければ、それは、いないのと同じ。
僕の噂はゲームの情報交換サイトでも、ぽつぽつ語られたりするけれど、ほとんど寝惚けていただの、夢を見ていただの、妄想とゲームを混ぜるなだのと言われて埋もれていく。
今日もまた、新しい「教室」で僕は久々の窓際に座った。
夏空に入道雲。
あぁ、風が気持ちいい。
窓の外にはちょっと短めのスカートがそよそよと。
ゲームの中だからね、パンチラは起こらない。でも、それと知っているからこその楽しみというか、太もももいいと思うよ。
窓の外、そこに立つ美しい人と、目が合う。
ん?
窓の外に、立つ人?
ニヤリと、その人は笑った。
「はじめまして、ではないでしょう?」
《ロケット鉛筆をロケットに変換》
《ロケットで攻撃》
咄嗟にいつものお決まりの攻撃を仕掛ける。
僕がシステムメッセージを読み落とすはずがない。
気づけなかったということは、僕と同じように、ゲームのバグに干渉している。
つまり、何でもありだ。
《消しゴムでロケットを無効化》
あっさりと僕の宣言文は掻き消され、まるで用意してあったかのように、僕の分身である身体は痛めつけられ、辱められる。
《コンパスで生徒の行動半径を強制指定》
──逃がさない。
《分度器で生徒の腰を90度前へ固定》
──許さない。
《定規で生徒のお尻をドラム叩き》
──恨み晴らすまでは!
な、なんの、恨み!?
ログアウトで逃げる事も出来ず、鬼の形相でお尻を叩かれる。
キャラクターカテゴリーで明滅する「転校生」と「天飛行生」の文字。そういう書き換えか。
だから、「転校生」は、嫌なんだ。
♪♪♪
「つまり、高校の時の本物の転校生ちゃんにつきまとわれて大変だったのがトラウマで、転校生恐怖症になったというわけなの?」
「はい、すみませんでした」
スーツ姿の彼は、普通すぎる会社員。眠たそうな顔をしているが、寝不足なわけではないという。
「そういう顔なんだって」
あ、ちょっとタメ口になってきた。素直に謝られると、少し困る。
もう少し、怒りの矛先になって欲しかったのだけど。
少しカジュアルな私もまた、普通すぎる会社員。
「同い年とはねぇ」
お互いに、ハマっていたゲームから追い出されて、文句を言い合っているうちに、こうして仕事帰りにケリだのケジメだのを付ける事になった。
会ってみて、気が抜ける何をしているんだか。
これまで、バグを利用して二人してそれぞれに好き放題やっていたものだから、いよいよ目を付けられていたらしい。
界隈では、「運営、存在していたんだ……」と別の意味で注目されたのだが、私たちは二人してゲーム初のアク禁である。
「暇」
「まぁ、そうでもなければ、こんなところでこういう風には、会わなかったでしょうけど」
「ですよねー」
さて、どうしようか。
どうしよう。
ぐだぐだとお酒を呷りながら、今まで遊んできたゲームとか、クイズ番組だのアニメだの、何だか楽しくなってきてしまった。
不覚にも。
私は今、何役を演じたらよかったんだっけ。
ふと、目があって、彼が、微笑むようにして笑う。
「なんか、楽しくなってきた」
「あー、それ、私のセリフ。ちょっとそれ、私が言うから、そのあとの返し考えて」
「ナニソレ」
『なんか、楽しくなってきちゃった』
ちょっと、いや、だいぶ、ハートマーク多めに、言ってみる。
だって、仕方ない。そういう気分になってしまったのだもの。
私だけだったら悲しいなと、思う前に声が返ってきた。
「──はじめましてで言うのもなんですが、俺の恋人役って、やってみる気はありません?」
会ったのは確かに今日が初めてだけど。
でも、私たち、違うでしょ。
だから、返事のつもりで言う。
「はじめまして、ではないでしょ!」
了
2020.10.15
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