34.しゅうがくりょこう(たいせつなひと)


「わあ、美麗ちゃん、可愛いです」


「‥ありがとう。ごめんね、待たせちゃって‥」


今、私は着物の着付けを終えて、髪の毛をセットしてもらっている。


髪を巻いて、大きめな椿を模った髪飾りをつけたところで静香ちゃんが褒めてくれた。



響君も、可愛いって言ってくれるかな?



鏡に映っている自分を見る。

黒い下地に髪飾りと同様に椿の花が咲いた着物。

店員さんが、私には椿が合うといって薦めてくれた。


椿の花言葉は

『控えめな素晴らしさ』

『謙虚な美徳』

私には分不相応だと思う。


もう一度、鏡を見る。

鏡に映った私は『え?これが私?』なんて劇的な変化はしていない。


だけど、お化粧もしてもらって髪も巻かれて普段とは少し違った姿は見せられると思う。



響君、可愛いって言ってくれるといいな。



言われると照れる癖に、私は欲張りになってしまったのかもしれない。


『そもそも俺はさ、美麗以外を可愛いと思った事なんて一度もないんだよ』


響君がお風呂で言ってくれた事、本当に嬉しかった。次の日、気持ちが溢れ過ぎちゃって響君に迫っちゃったけど‥‥嫌じゃなかったかな?

かなり、大胆な事をしてしまった自覚はある。

だけど、我慢出来なかったから‥‥


響君、大好き。


早く、響君に見せたいな。






少し早めに待ち合わせ場所の京都駅の前に着いた。響君達はまだ来てないみたい。


静香ちゃんが周りの目を集めている。

静香ちゃんの着物は葉牡丹と鈴蘭柄の緑色の着物で、静香ちゃんの清楚で綺麗なイメージにぴったりでとても良く似合っている。


周りを見ていると‥‥



ぁ‥‥



噂をすればという言葉があるけど、あまり会いたくない人と目があった。

どうして京都にいるんだろう‥‥昨日静香ちゃんに話した‥‥同じ中学の、修学旅行で同じ班だった人。


向こうも気付いたみたいで、こっちに近づいて来る。


「あれぇ、ブス沢じゃーん」


同じ中学の今村さん。

男の人の腕に抱きついていて、後ろにも女の子と男の人が2人づついる。


「‥お久しぶりです」


挨拶をすると、男の人が私と今村さんを交互に見る。


「え?何?知り合い?」


それに今村さんは面白いものを見つけたとでも言うような顔をして口を開く。


「同じ中学だったんだけどぉ、聞いてよぉ、こいつね、中学も修学旅行で京都に来たんだけどぉ、ずっと京都駅の待合室で本読んでんの。まじウケる。まぁ、私がそこに居ろって言ったんだけどねぇ」


記憶がよみがえってくる。

ずっと待合室で過ごした修学旅行。


「そうですか‥‥あなたが」


静香ちゃんが恐い顔をしている。

だめだよ。静香ちゃんはそんな顔似合わない。


「何、着物なんて着ちゃってぇ。そっちも修学旅行?修学旅行やり直してるつもりぃ?ブスは何着てもブスだっつーのぉ。きゃははっ」


何も言い返せない。

ブスは何を着てもブス。そんなの分かってる。



でも、私は、


響君に可愛いって思ってもらえればいい。

響君が、私を可愛いと言ってくれる。思ってくれる。だから暗い気持ちになんて、ならない。


連れている男の人も『確かに』なんて言って笑う。

笑いたければ笑えばいい。


静香ちゃんが身を乗り出して何かを言おうとしたところで「ぁ‥」と言って今村さん達の後ろを見た。


私も目を向けると‥‥



そこには着物を着た響君と沢渡君がいた。

響君は白と黒の着物の上に水色の羽織を着ていて、それはもう、


ちょっと目が釘付けになっちゃうくらいに


格好良かった。



響君は口元に人差し指を立てているけど、何をするんだろう?






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






最初は地元も同じみたいだったし、ただの知り合いなのかと思って近づいたが、あの特徴的な猫撫で声はよく響く。


そうか、あいつが美麗を‥‥



「なあ、浩二。あの美麗に話しかけてる女の隣にいる男。女的な観点で見ると何点ぐらいだ?」


「そうだねー。中性的なルックスが60点のファッションセンスがまあまあいいからプラス5点で65点ってところかな」


「俺は?」


「響は中性的なルックスだったら最高峰だと思うよ?ルックス100点に着物の加点もあるから採点不能だねー」


「そうか」


まだそんなに時間も経ってないし、ナンパしたのかされたのか分からんが‥‥俺の方が有利なら‥


あまりこういうのは好きではないが、美麗が関わるなら話も変わる。


意趣返しといこうか。






俺に気付いた美麗と宇佐美に、口元に人差し指をあてて黙っていてもらう事にする。


ていうか美麗がヤバい。可愛すぎる。

後でじっくり見せてもらうとして、今はなるべく視界から外さないと。



「あれ?さっきの子だよね?」


俺は猫撫で女に声をかけた。

猫撫で女は俺を見てハッとする。


「なんだ、彼氏いたんだ」


「ち、違うのぉ、この人にしつこく言い寄られたから仕方なくついて行ったのぉ」


猫撫で女は抱きついていた腕を、もういらないとでも言うように払ってこっちに近づいてくる。


「はあ?何だよそれ!」


抱きつかれていた男の方が怒っているが猫撫で女はそれを無視して俺に喋りかける。


「追いかけて来てくれたのぉ?」


後ろ手を組んで俺を上目遣いで見る猫撫で女。

全く可愛いと思わない。


「いや、そこにいるのが俺の彼女」


そう言って美麗達の方を見る。


「えぇ?ひょっとしてそこのメガネ?‥‥ねぇ、私の方が可愛くない?」


どうやらこの猫撫で女は、俺の彼女が宇佐美の方だと勘違いしているらしい。

しかし、こいつの自信はどこからくるのだろうか?

客観的に見ると、この猫撫で女より宇佐美の方が美人だと思うが。



まあいい。さて、ネタばらしといくか。


「いや?違うけど」


俺はそう言って美麗の後ろにまわって、美麗を後ろから抱きしめた。


「美麗が俺の彼女」


俺がそう言うと、猫撫で女は「はぁ!?」と言ってから口をパクパクさせる。

金魚の物真似なら100点やるよ。


「あんた等の修学旅行に水を差すつもりは無かったが‥‥」


俺は、美麗の頬にキスをしてから猫撫で女を睨みつけた。



「俺の大切な人を傷つけるやつを、俺は許さない」




そう言って、美麗の手を取ってから宇佐美にも行こうぜと声をかけて浩二のいる方へと向かう。


後ろで男とモメてる声が聞こえるが、どうでもいい。




浩二も連れて猫撫で女達が見えなくなるところまで歩いた。


歩きながら、合流前に猫撫で女に声をかけられた経緯を説明する。


「ごめんな、付き合わせて。俺は、自分が馬鹿にされたりするのは気にならないんだけど、美麗が何か言われたりするのはだめみたいだ」


そういえば‥‥さっきから美麗が一言も口を開いていない。


美麗の顔を覗き込んでみると‥‥

顔を赤く上気させて、目も潤んでいた。



あ‥‥ヤバい。



何がヤバいって、これはあの早起きした修学旅行2日目と同じ顔だ。

つまり、美麗が積極的になって俺の正気がヤバい。


美麗はギュッと離さないと言わんばかりに抱きついてきた。


「‥大切って言ってくれて嬉しい。嬉し過ぎて、言葉にできない」


効果は抜群だ。

俺の正気がゴリゴリ削られていく。


「ほ、ほら、美麗。せっかく着物きたんだしさ、俺によく見せてくれ」


そう言うと、美麗はゆっくりと俺から離れてその場で回ってみせてくれた。


「‥どう‥かな?」


美麗がモジモジと降ろした手を擦り合わせる。

いつもおろしている髪が巻かれていて、そこに大きな花の髪飾りがさされている。

同じ花があしらわれた黒がベースの着物もよく似合っていて、何より、普段見れない美麗のうなじがっ‥うなじがッッ


「可愛いすぎてっ、まともに見れないッ」


両手で顔を覆ってしまったが、袖をクイっと引っ張られた。


「‥響君に可愛いって言って欲しくて着たから、ちゃんと見て」


美麗はそう言って照れたように笑う。

そう、俺が一番好きな顔だ。


正気が溶けて無くなった。



「美麗、可愛い、可愛いよ。可愛すぎる。何でそんなに可愛いんだよ。あぁ、可愛い」


俺は美麗を抱き寄せて頬擦りした。

この上なく緩み切った顔をしているだろう。


だが、もうやめられない止まらない。


「美麗、あぁ、美麗ぃ」


美麗に頬擦りすりしていると視線を感じて




「はぁ‥‥さっきまでは格好良かったのに」

「ですね」


浩二と宇佐美の呆れたような声が聞こえた。




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