本命チョコを君に

無月兄

前編 栞視点

 冷凍庫を開けると、中から冷え固まったチョコトリュフが顔を出す。どうやら、上手くできたみたいだ。


「よーし、完成。作り方、教えてくれてありがとね、保」


 出来上がりに満足しながら、私、坂口栞さかぐちしおりは、隣にいる一人の男子、長岡保ながおかたもつにお礼を言う。


 保は私と同じマンションに住む幼馴染みで、もうすぐ中学生になるってこの時期でも、互いの家を行き来するくらいには仲がいい。

 今だって、保を私の家に呼んで、お菓子作りを教わっていた。


 保は小さい頃からお菓子作りが得意で、今までにも何度か教わっている。

 と言っても、しょっちゅうって訳じゃない。具体的に言うと、私が保にお菓子作りを教わるのは、一年に一度。ただ、それに関しては、保は思うところがあるようだ。


「あのな栞。どうせ作るなら、普段からもっと回数をこなしておいた方がいいと思うぞ。あんまり間が空くようだと、前に覚えたことを忘れるだろ。なのに、毎年毎年バレンタインになると俺を頼ってくるんだから」


 そう。私がお菓子作りをやるのなんて、バレンタインの時だけ。もちろん今回だってそうだ。

 当然、前回作ってからは丸一年も時間が経っているから、せっかく覚えたやり方やコツも、ほとんど忘れちゃうんだよね。どうも、保はそれが不満みたい。


「だって、しょっちゅう作るなんて大変じゃない。こういうのは、たまにやるから楽しいんだよ」

「その度に、毎回一から教える俺の身にもなれっての」


 保がため息をつくけど、このやり取りもまた、毎年やっていることだった。


「だいたい、バレンタインのチョコを、男に教わるって作るってどうなんだよ」

「いいじゃない。そりゃ本命ならともかく、どうせ作るのは友チョコなんだから」


 バレンタインと言っても、私が作るのは、好きな人への本命チョコではなく、仲のいい女の子同士で食べる友チョコと、あとはこれだ。


「とにかく、今回もありがとね。お礼に、私特製のチョコトリュフをあげよう」


 そう言って、保にできあがったばかりのチョコトリュフを渡す。教えてくれたことに対するお礼チョコ。これもまた、毎年繰り返しつきたことだった。


「特製って、それ俺が教えたやつだからな。まあ、遠慮なくもらっておくぞ」


 保はそう言ってチョコを受け取り、自分の家へと帰っていった。

 最後に、こんな言葉を残して。


「栞は筋はいいんだから、もっと回数こなせば、俺より上手くなるんじゃないのか?」


 嬉しいことを言ってくれる。だけど残念ながら、私はそれをきっかけにお菓子作りに励もうなんて気はちっともなかった。


 作るのなんて、一年に一度、バレンタインの時だけでいい。下手なままでいい。

 だって得意になったら、もう保に教えてくれって言えなくなるじゃない。教えたくれたお礼に、チョコを渡す口実がなくなるじゃない。


 保から作り方を教わり、そのお礼として渡すチョコ。それは、あくまでお礼であって、決して本命なんかじゃない。

 だって、本命なんてわたして、もし断られたりしたら嫌だから。今だって十分仲が良いのに、そんなことして関係が壊れてしまうのが嫌だから。そんな思いで、臆病な私は、毎年保にお礼のチョコを贈り続ける。



 そしてまた、一年の月日が流れた。

 だけど今年のバレンタイン。私は、いつもとは違う決意を胸に秘めていた。

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