大きく踏み切れ、いっせーのーで!

佐藤令都

助走

 いっせーのーで、で思い切り踏み切って超えたのは雨上がりにあった水たまり。長ぐつでびしゃんと飛沫しぶきを上げて、水たまりの面積が少しだけ広くなった。


「今日はいけると思ったんだけどなぁ」


 くやしいね、と言いながら水たまりの中央に戻って、ジャブジャブ長ぐつを浸して、傘の先っぽもドロドロの一番深いところに刺して波を立てて遊んだ。


 いっせーのーで。思い切り踏み切れば向こう側に行ける。ランドセルが重くても、この大きな水たまりに足が付かずにきっと飛びこえられる。次はきっと。

 雨が降れば水たまり。自分のジャンプがどれほどのものか、試したくなる。だから、ちょっとだけ、俺は雨降りが好きだった。

 かけっこも、サッカーも、野球もみんな好き。オニごっこも、かくれんぼも大好きだ。外で遊んでいる時に、ぽつりぽつりと雨粒が身体に当たるのは残念な気分になる。だけど、軒先まで走って行って、雨が通り過ぎるのを待つのは好きな時間だったりする。真っ黒い雲が通り過ぎて行ったら、虹が見えたりしないかな。雨の音と雷の音が大きれば、大声でさわいでても怒られないんだよね。でもやっぱり、雨が上がった後は気持ち良く空気が吸える。だから好き。


 雲のすき間から青がのぞく。土臭いむわっとした空気、アスファルトが雨粒でキラキラして、いつも見ている世界が洗われたようにキレイだと感じる。雨上がりは新しい世界になっているんだ。


 いっせーのーで。踏み切って跳ぶ。

 飛びこえて向こう側に行きたい。


 いち、にの、さん。踏み切って跳ぶ。

 飛んで一番遠くまで、向こう側まで行きたい。


 着地は水たまりの向こうか。

 砂場の向こうか。


 走幅跳は雨上がりの放課後に似ている。

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