第255話 雨季来たる

 じめっとして来た。

 雨季である。

 乾季はカラッとしてたのが、ここで一気に気候が変わる。


 乾季の作物はあらかた収穫し、干し終わっている。

 迎肉祭に時間をかなり割いたので、ギリギリだった。

 危ない、危ない。


 しとしとと雨が振り始めて、それがやがて地面を叩く土砂降りになる。

 雨季の雨はちょこちょこ、この土砂降りがあるのだ。


 そしてこれは俺たち勇者村にとって、恵みの雨でもある。


「うひゃー」


「ひゃー」


 みんなで外に飛び出し、天然のシャワーを浴びつつついでに服を洗濯する!


「川に行かなくてもいいから、雨季はほんと楽ちんだねえ。乾かすのがひと手間だけど」


 雨の中で気持ちよさそうなカトリナ。

 マドカは土砂降りの中で目を開けられず、「ウー」と唸っている。


 そしてこの雨は長くは続かない。

 少しすると、雨は上がり……。

 ほどほどの晴れ空になった。


 みんなでわいわいと服を脱ぎ、水気を絞った後で干すのだ。

 人は水気を拭ってから風に当たっていれば乾いてしまうが、服はそうはいかない。


 いつまた雨が降ってくるとも限らないので、去年まではいつでも家に取り込めるようにしていた。

 身構えている必要があったので、カトリナや奥様方的には大変だったようだ。

 だが今年は……食堂がある!


 食堂の庇の近くに物干し台を作り、そこに村中の服が風を受けてはためいている。

 物干し台ごと食堂に引っ張り込めば雨を回避できるので、今までよりも安全に洗濯物を干せるようになったのだ。


 ついでに、雨で体も洗ってサッパリ。

 午前中の畑仕事でかいた汗が流れて、爽やかな気分である。


「ウー」


「どうしたマドカ。赤ちゃんの頃みたいな唸り声を出して」


「あめきらーい」


「なるほど」


 ちょっと土砂降りはマドカ的には刺激が強すぎたな……!

 だが、この雨とはずーっと付き合っていかねばならないのだ。

 嫌い嫌いでは通らないので、何か、雨が楽しくなる工夫をしなくてはな。


 その後、サーラにもリサーチしてみたところ、「あめきらーい」というありがたいお言葉を頂いた。

 勇者村赤ちゃんズの女子二人のために、俺は知恵を絞るとしよう。


「お題、二人が雨の中で楽しくなる工夫」


「ふーむ」


 俺のお題を聞いて、賢者ブレインが首を捻った。

 魔本目録のカタローグもまた、首を捻っている。


 やはり難しいよなあ。

 うーむ。


 だが、ここで手を挙げたのは、農協勇者村支部の部長になった市郎氏である。

 今は週に5日くらいこの村にいる。


「あの、いいですか」


「市郎氏どうぞ!」


「女の子ですから、カラフルな傘と長靴を作ってあげればいいんじゃないでしょうか」


「なんだって!?」


 俺もブレインもカタローグも、驚愕した。

 何という発想であろうか。


 なるほど、雨が降ってくると使える、可愛い道具があればいいわけか。

 雨を楽しみにしてしまうこの工夫、俺や、異世界たるワールディアの発想からは出てこない。


 そしてせっかくなので、村人が使う用の長靴も作成することにしたのだった。

 長靴の材料と言えば、水に強い素材が必要である。


「私だけではなく、クロロックさんの意見も聞いてみましょう」


 ブレインの提案を受けて、俺たちはクロロックに会うことになった。


「水に強い素材ですか。それですと、巨大ウナギの皮がいいでしょう」


「巨大ウナギ!」


「巨大ウナギ釣りです」


「釣り!!」


 地球の日本では数が少なくなっているウナギだが、ここ異世界ワールディアでは、熱帯雨林からの謎のパワーによって次々と出現するようになっているらしい。

 熱帯雨林から来るのか!


 こうして、勇者村の次なるイベントは、巨大ウナギを釣り上げるための釣り大会となった。

 釣り大会……!!

 俺が二敗しているイベントである。


 神をも越えるパワーを得ながら、魚だけは釣れないのだ!

 解せぬ。


「マドカの雨具を作るの? いいねえ! 私も張り切っちゃう!」


 密かに勇者村の釣り師ランキングで二位に名を連ねる、うちの奥さんカトリナ。

 腕まくりしてやる気満々である。


「あまう?」


 マドカはよく分かってないようだが、フフフ、見ていろよ。

 そのきょとんとした顔が、きらっきらの笑顔に変わるのが今から想像できてしまうぞ。

 カワイイ傘と長靴を作ってやるからな!


 今回はサーラも釣り大会の見学に参加である。

 マドカとサーラで、セットの雨具を作るのだが、材料をとるところから見せておこうという話になったのだ。


「つり?」


 サーラがきょとんとした。


「釣りだねえ。勇者村の釣りはとっても楽しいのよ。ママもがんばるからね」


 スーリヤがサーラに向かって、頑張る宣言をしている。

 多くの弟子を持つブルストだが、スーリヤは釣りの弟子だ。

 その腕をみるみる上げて、アキムやアムト、ルアブではとても勝てないほどの技量に到達している。


 見た目はおしとやかな女性なのだが、これがアキム家最強の釣り師とは……!


「あたしも負けてないよ! フックとコンビで釣る!」


 ミーが宣言する。

 それをビンが、「がんばえー!」と応援だ。

 釣りに於いては、超絶パワーを用いないというのが勇者村の不文律。


 ビンは見学なのである。

 と思ったら。


「ビン、釣りおしえてやるよ!」


「ぼくもつりはわかるよ。おしえてあげる」


 ルアブとカールくんが、ビンに直々に釣りの技を伝授するようである……!

 受け継がれる技と意思!


 こいつは面白くなってきた。

 俺が不敵に笑んでいると、カトリナが肩をポンと叩いてきた。


「ショートはまず、小魚一匹でも釣ってみよう! がんばろうね!」


「お、おう!」

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