第59話 赤ちゃん開眼
ビンの目が開いたらしい。
それ以外は、いつも同じ赤ちゃんぶりで、ミーのおっぱいをたくさん飲むのだとか。
「ショートさん、あいつは大物になりますよ」
「ほう、大物になるか」
「そうですよ。一日五回もおっぱい飲むんですよ」
「食事回数多いなあ」
「あとはほとんど寝てます」
「食って寝てるのか。そりゃあ大きくなりそうだ」
おしめを替えて欲しい時と、お腹がへった時以外泣かないらしく、夜泣きも無いらしい。
夜に泣いたら、お腹がへったかおしめを替えて欲しいかのどっちかだ。
「最近、トリマルの奥さんたちがビンを見に来るんですよね。ひよこも孵ったじゃないですか」
「ああ、そうだなあ。すごい数のひよこだ」
俺たちは畑仕事を終え、昼休憩に入っているのだが、目の前をトリマル一家が歩いていく。
彼らは畑に降りると、雑草を食べて帰っていくのだ。
時々、麦の苗を食いそうになると、トリマルがホロホロ鳴いて指導している。
英才教育だ。
トリマルの奥さんたちは、完全に旦那にベタぼれな目でトリマルを見ている。
うーむ、雄として優秀。
トリマルの驚くべき成長ぶりに、俺は唸った。
この唸りを、フックが何か変な方向に勘違いしたらしい。
「そうだ! うちのビン見に来ませんか! このあいだ司祭様にも見せたんですけど」
「ヒロイナのところにも通ってるのか」
「はい! なんか謎の助産師さんが助けてくれて、お礼はユイーツ神にしろって言ってたんで。そしたら司祭様が俺らの言葉遣いが雑だって、色々教えてくれるんですよね」
そんなことになっていたのか。
俺が知らんところで、村の人間関係ができていっているなあ。
これは面白い。
「よし、参考になるかも知れないのでおたくのビンちゃんを見に行くぞ」
「やった! じゃあすぐ行きましょう!」
俺たちは弁当を素早く腹に入れると、その足で赤ちゃんを見に行くのだった。
「ね、目が開いてるでしょ」
「開いてるなあ。なんかじーっと俺を見てる」
「ショートさんが珍しいんでしょう」
「あぶーばー」
「何か言ってるぞ」
「赤ちゃんですからね。ほーら、ビン、パパだぞー」
ミーからビンを受け取り、フックが顔をすりすりしている。
ヒゲがちくちくしたのか、ビンが嫌がった。
「あばうばー」
「あー、もう、ほら! パパが抱っこするとすぐすりすりするんだから! ちゃんとヒゲ剃りなさい!」
ミーに怒られ、ビンも取り上げられてしゅんとするフック。
まあ、新米パパがはしゃいじゃう気持ちも分かるな。
「よーし、俺も抱っこさせてもらっていいか」
「はい、ショートさん」
なんか気軽に手渡してきた。
うーむ、ぬくぬくしているな、赤ちゃんというやつは。
天然の湯たんぽみたいだ。
そして相変わらず、俺を瞬きもせずにガン見してくる。
「なんだ、俺の顔に何かついてるか」
「ぶぶぶぶー」
「なるほど分からん」
生まれてまだちょっとしか経ってないからな……。
「ビンはね、夜になると目を開けてたんです」
「なんだと」
「生まれたときから目は見えてるみたいです。でも、昼は眩しいから目を閉じてたみたい」
「そうだったのか……」
赤ちゃんが開眼したのではなく、明るさに慣れただけだったか。
その後、ビンを連れてカトリナの手伝いに行くというので、俺とフックの男衆もつていくことにした。
「まあ! なーに。ショートとフックさんもついてきて! 畑のお仕事は終わったの?」
「大体苗は植え終えてな。しばらくは様子見だ」
「そうなんだ?」
ごく自然な手付きで、ミーからビンを受け取るカトリナ。
そして布を畳んで、あっという間に赤ちゃん用のおくるみを作ってしまった。
そこから、ビンを抱っこ状態のまま、ヒモでくくりつける。
「あぶー」
ビンはカトリナに抱っこされると、すぐに寝てしまった。
おお、赤ちゃんを安心させる圧倒的安心力。
「みんなのぶんのご飯を仕込まないとだからね。私はほら、パワーがあるから、ビンちゃん抱っこしたままで大丈夫。ミーには縫い物とかしてもらってるの」
「気分転換になってて助かるのよ。カトリナさん、ビンをあやすの上手いし……んーっ! のびのび仕事ができるー!」
うちの女衆も、役割分担しているのだなあ。
俺とフックで並んで、うんうんと頷きながらこの光景を見る。
すると、カトリナがくるりと振り返り。
「ほらほら! 中にいたら邪魔でしょ。外でお仕事! ショートなら幾らでもやることあるでしょ!」
「へーい」
追い出されてしまった。
「なるほどー」
フックが俺を見てニヤニヤしている。
「なんだよ、どうしたんだよフック」
「いやあ、仲良さそうだなって思って。俺もミーと仲良しなんですけど、あいつがいっつも機嫌いいの、カトリナさんがああやって手伝ってくれてたんだなって。ショートさん、いい嫁さんもらいましたね」
「だろ?」
俺もニヤニヤした。
「二人とも、外でぺちゃくちゃしなーい!」
「へーい!」
ということで、家から離れるように言われてしまった。
それもそうだ。
幾らでもやることはあるのだった。
サボテンガーから油を取らなくちゃいけないし、綿花の手入れもあるし……。
「手が空いていますか」
「クロロック! お前が来たということは」
「現状は私一人なので、お二人の手を借りたいのです」
「よし、肥料やるか! フックも来い」
「うっす!」
かくして日が暮れるまで、男三人で肥溜めをかき混ぜるのだった。
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