第32話 容赦なきスローライフ

「う、うぎゃあー!」


 トラッピアの悲鳴が響き渡る。

 王女様スローライフ体験一日目である。


「私、ティーカップよりも重いものを持ったことが無いのに、何、この桶!! モテるわけ無いでしょーっ! お、重いーっ! 特戦隊! 持ちなさい!」


「はっ」


「あー、だめだだめだ、水汲みくらい自力でやらねえとな。カトリナならこんなもん三つくらいまとめてひょいひょい運べるぜ」


「オーガと一緒にしないで!?」


 いきなり水汲みでギブアップか……!


「しかし確かに、いきなり一国の王女に小川からここまで水汲み往復させるのは酷といえば酷な気が」


「ハッ、ショート! やっぱりお前は私のことを思って……!」


 ぱあーっと表情が明るくなるトラッピア王女。

 可愛いが俺はこういうのにほだされないぞ!

 後が地獄になるし、基本的に俺はカトリナ一本で行くつもりなのだ!


「なのでスローライフは無理だから帰りなさい王女……」


「おのれー!」


 こっちにバタバタ走ってきたトラッピアが、腕を一直線に伸ばす!

 そしてそれを俺の首に叩きつける……これは、ラリアット!


 俺は礼儀として、ラリアットを食らった後空中で半回転してから落下した。


「ウグワーッ!! 腕を上げたな……!」


「王女たるもの体も鍛えなくては! だからまだ、体術の訓練もしているわ!」


 王宮に魔将が侵入するイベントがあった時、俺はトラッピアの護衛として場内に入り込み、彼女に護身術を伝授したことがあったのである。

 とにかく三年も掛けて魔王軍と戦っていたので、日本にいたころに遊んでいたファンタジー系ゲームっぽいイベントは大体こなした。


 俺が教えたのは、魔力を使って身体能力を強化しての護身術である。

 こう見えて、トラッピアの戦闘力は特戦隊の一人ひとりと互角くらいある。


 トラッピアは強くなりすぎたのかもしれん……。

 だがこんな彼女でも……。


「だめだよトラッピア! 一つ一つの仕事をみんながちゃんとやらないと、こういう田舎の暮らしはできないんだからね!」


 カトリナが出てきたのだ!

 彼女は水の入った桶を4つほどヒョイッと持ち上げると、家の中に運んでいった。


 トラッピアは基本的に卑怯なので、カトリナが風呂に入っているところを闇討ちしてみたらしい。

 だが、彼女の技はカトリナに通用せず。

 飛び掛かったところを受け止められ、そのまま外に放り投げられてしまったそうだ。


 カトリナ、小柄で可愛いのだが、父親は猪を素手で仕留めるブルストだからな。

 人間離れした筋肉の密度を受け継いでいるのだ。


「4つも!? まるで馬のような馬力……!!」


「お馬さんは高いから、うちでは飼えないんだよね。トラッピア、力仕事が無理ならショートのお手伝いしたら?」


「ショートの!?」


 トラッピアの目がきらきら輝いた。


「ほう、俺の手伝いをすると……? ハハハ、できるかな」


「力仕事ではないのでしょ? なら楽勝だわ。わたし、なんでもできるもの」


 得意げなトラッピアである。

 さて、ここでクロロックを呼ぼう。


「おーい、クロロック、作業開始だ」


「よし、今日も肥料をかき混ぜますか」


 茂みからクロロックがやって来た。

 昆虫を朝飯にしていたな。


「肥料?」


「いかにも、肥料だ」


 そして俺たちは、肥料に向き合った。


「い、いやあああああああああ! 何これええええええ!!」


「何って、肥料だが? 我々が食って出したものに混ぜ込んで発酵させるんだ。これで芋を育てる……」


「無理」


「わがままを言うやつだなあ」


「一国の王女にこんな汚いものをかき回させるとかありえないでしょ!? 特戦隊!」


「はっ! ウグワーッ! 臭い!!」


「これは我々も無理です殿下ッ!!」


「撤退、撤退ーっ!!」


 顔を出すや否や、逃げていく特戦隊。

 これを見てクロロックが見たことがないほど頬を大きく膨らませる。


「失敬な。臭い肥料だからこそよく発酵しているのです。これが畑に活力をもたらすものなのです。それをなんという言いようでしょうか」


「クロロックがキレた! トラッピア、こういう地道な作業を通じて作られた作物が俺たちの食卓に並んでいるのだ……」


「ううっ……! 分かっているわ! だけど! こう、生理的に無理……」


「仕方ないなあ。では、俺のもう一つの仕事を手伝うといい」


「もう一つの仕事……?」


 身構えるトラッピア。

 ふふふ、スローライフの厳しさがようやく分かってきたようだな。

 俺にとっては、魔王軍と渡り合うよりも大変なことの連続なのだ。


「これはこの辺境……将来的には勇者村と呼ばれることになるここの最も重要な仕事だぞ!」


「勇者村……? 村になるの?」


「ああ。まだ四人しか住人がいないがな。いや、四人と、四羽だ!」


「四羽!?」


「さあ、ご飯の時間だぞ、トリマル! トリヨ! トリナ! トリミ!」


「ピョピョー!」


 四羽の緑色のヒヨコが、鳥舎から飛び出してきた。

 常に施錠されているはずなのだが、トリマルは最近この錠を自在に外せるようになってきた。

 多分、念動魔法をマスターして内側から外鍵を開けていると思われるのだが……。


 芋がらなどをばらばらと撒くと、ヒヨコたちが一斉にそれをつつき始めた。


「どうだトラッピア……。生き物を扱うというのは我が村最大の難題……。死んじゃったら大変だからな。お母さんとしては毎日苦労してばかりなのだ」


「お母さん!? それはともかくとして……ふわふわしていて可愛いわねえ……」


「ああ、可愛い。可愛いだろう……とても可愛いんだ」


「随分大事にしているのね。つまり……これがショートの泣き所……。ふふふふふ!!」


「むっ! トラッピアが邪悪な笑みを!」


「おほほほほほほほほ! わたしに弱点を晒したわね!!」


「貴様ートリマルを利用するつもりかあ……!」


「おほほ、おほほほほほほほ!」


「ピョー」


「あいたっ!? 何か足に熱いものが!」


「あ、それトリマルの魔力光線」


「なんでヒヨコがそんなもの吐くの!? あいた! いたたたた! いたい、いたいいたい! やめてやめてー!!」


「ピョピョピョー!」


 逃げ回るトラッピアと、彼女を追いかけて光線をぶっ放しながら疾走するトリマル。

 うーん、今日も平和だなあ。


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