第14話 全身全霊で卵を孵せ

 卵を孵すには何が必要か?

 俺は考えた。

 

 適切な温度と、そして孵るまで割れない環境だ。

 そして、俺は家の中でずっと卵を暖めるわけにはいかない。


 つまりどういうことかと言うと。


「働きながら! 卵を割らないように守りつつ! 温める!!」


 この三つの要件を満たす必要がある。


「どうしたのショート。さっきからブツブツ言って」


 すぐ横で、俺の作業服を作ってくれているカトリナ。

 俺の懊悩に気付いたようだ。


「いやな、卵を温めようと思って。どうやって働きながら温めるか」


「働きながらは難しいよねえ。魔法でも使わないと」


「魔法を!?」


 ここで俺の脳細胞に電撃走る────!!

 そうか、卵を温めるための魔法を作ればいいんだ!


「ありがとう、カトリナ! 解決した!」


「えっ、本当に!? ど、どういたしまして?」


 目をパチパチしている彼女の前で、俺は卵に触れながら意識を集中する。

 魔法を作り上げるのは慣れたものだ。


 まず、使用する魔法の属性を選択し……。


 今回は、低温の保温魔法、防御障壁魔法、反重力魔法の三つを組み合わせる。

 この反重力魔法がなかなか曲者だが、上手に制御すれば自在に卵のポジションを変えられる。

 これは絶対に外せないな。


 次に、それぞれの魔法の順番を決定してブレンドする……。


 俺の手のひらの上で、赤と黄色と青の光が舞い上がり、回転しながら絡み合う。

 やがて光が一つになり、まばゆい輝きを放つ。


 そして、魔法を掌握する。


 俺は輝きを握り込んだ。

 すると、光は消えた。

 俺の中に宿ったのだ。


 新たなる魔法、完成。

 我ながら、卵を温めるだけのための魔法なのに、大変高度な魔法の術式を使用してしまった。 

 だがこれはごく小規模の範囲にしか影響を及ぼさないので、低燃費で使い勝手がいい魔法だと思うのだ。


 仮に名を、保温保管魔法マホウビーンとしておこう。

 魔法とマホウが被ってしまったな……。

 俺のネーミングセンスが悪いことは今更だ。


「マホウビーン使用」


 すると、卵がフワリと浮かび上がった。

 そして俺の頭上に乗る。

 ピクリとも動かなくなった。


 重力制御成功だ。

 触るとほんのり温かいから、保温魔法も成功している。

 そして最後はこれ。


 俺はドキドキしながら、エクスラグナロクカリバーを抜き、その刃をコツンと卵に当てた。

 このコツンで、モンスター化したトロールの頭蓋を粉砕する威力を秘めている。

 だが、卵は揺らぐことすらなかった。


 表面に傷一つ無い。

 よし!!

 これならば、卵を頭に載せたまま魔将クラスの相手とやりあっても、卵は無傷であろう。


 世界で一番安全な場所に、ホロロッホー鳥の卵はあるのだ!


「よし、よしよしよし!」


「せ、成功したの? 良かったねえ」


「ありがとう、カトリナのお陰だよ」


「わっ、私の!? 私、なんにもしてないってばー」


 照れて、カトリナが頬をおさえる。

 赤くなっていてとても可愛い。


 俺は彼女の照れ顔を堪能した後、本日の仕事に出かけて行った。

 野良仕事である。


「おうショート! お前はしばらく卵を温めるんだと思ってたが……って、なんだその頭の上のは!?」


「何って、卵だが?」


 俺はちょっと得意げに返した。


「いや、卵なのは分かるけどよ。危なくねえか……?」


「ブルスト。俺は卵孵し人ショートだぞ? 無論、俺が頭に卵を載せているということは、万全の準備をしているにきまっているのだ」


「そうか……。なんかお前がそんなすげえ自信で言い切るからには、本当にすげえんだろうなあ」


「すごいぞ」


 俺の魔法は、いわば戦闘用魔法だからな。

 それをスローライフをするために使っているわけだから、戦闘にも耐えられるほどのスローライフ用魔法が誕生したということだ。


 これはとても安全なスローライフ……!


 かくして、俺とブルストの野良仕事が始まった。

 何をするかと言うと、芋畑を拡張するために森を切り開いていくのだ。


 村と関係が良くなったからな。 

 作物ももらえそうだし。


 自生していた芋ばかり栽培しなくてよくなるぞ。

 つまり、目標であった麦の栽培に一歩近づくわけだ。


 ブルストが木を切り倒し、俺が切り株を抱えて、「ほっ」と掛け声を上げて引っこ抜く。

 勇者のパワーでやると、まるでゲームみたいに切り株が引っこ抜けるな。


 これにはブルストも目を丸くしていた。


「俺でもあちこち散々掘り返さねえと引っこ抜けねえのに、とんでもないパワーだなショート!」


「鍛えてるからな。さながら俺は、切り株引っこ抜きのショートだ」


 ちなみに切り株ってのは結構深くまで根が張ってあるから、牛馬でも使わなきゃまともに抜くことはできない。

 自力で抜けるブルストは、オーガという種族でもかなり強い腕力を持っているからこそできるのだ。


 俺の場合はレベルの暴力ね。

 ああ、こうやって切り株を何本も引っこ抜いていると思い出す。


「吸血樹の森と戦った時も、最後はこうやって一本残らず引っこ抜いて回ったなあ……。燃やし尽くせば良かったんだが、吸血樹を燃やすと有毒のガスが出るからな」


「へえ、大変な仕事をしたんだな」


「そりゃあ大変だった」


 三日三晩掛かって、森を全部引っこ抜いたんだ。

 本当に大変だった。

 それに比べれば、開墾など天国のようなもの……。


 だが、油断は禁物だった。

 幾つめかの切り株を引き抜いた時、その下に隠れていたモンスターが俺に襲いかかったのである。


 ジャイアントシケイダーという、巨大モンスター蝉の幼虫である。

 鋭く尖った口で、俺の頭を突き刺そうとして……。


 卵に当たって口がポキっと折れた。


「ミングワーッ!」


 ジャイアントシケイダーが地面にポトッと落ちてのたうち回る。


「危ねえ! 卵を強化してなかったら割れてたぜ……。いけない蝉だ! パーンチ!」


「ミングワーッ!」


 ジャイアントシケイダーを倒した。


「お!! ショート、いいもん捕まえたな!」


「なにっ」


「こいつはな。なかなか美味いんだ……」


「む、虫を食うというのかーっ!!」


 スローライフ、恐るべし……!


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