第11話 えっ、あの偉人が悪魔神官だったんですか!?

 取引所にやって来た。 

 賑やかなところだったが、俺たちが足を踏み入れると同時にその賑わいはスーッと引いていった。

 みんなこちらを見ているな。


 さて、ここは村には不似合いなくらいでかい取引所だ。

 宿場町のようになっているから、あちこちの商人が集まってくるんだろう。


 取引のためのテーブルが幾つも並べられており、荷馬車ごと中に停めてあるものもある。

 そして取引所の壁面には……おうおう、あるある。


 "商売の神様”と呼ばれた大商人、ドルモット・タクランデルーの肖像画だ。

 商人にとっては、この取引所という概念を作った人でもあり、まあ神様だな。


 そしてその神様には裏の顔があることを俺は知ってるんだが、世の中では知られてない。

 ドルモット・タクランデルーは先々月辺りに謎の死を遂げた。

 偉人の急死ということで、彼への信仰みたいなのはより一層深まったわけだな。


 ああ、ちなみにこの世界は一ヶ月三十日、十三ヶ月ある。

 俺がこの世界に転移して魔王をぶっ倒すまで、三十七ヶ月掛かった……。


「ねえ、どうして遠い目をしてるの?」


「いやあ、ちょっとな」


 あれ?

 あの肖像画、ちょっと魔力が残ってるな。

 俺の魔力感知魔法クンクーン(俺命名)ですぐ分かるのだ。


 もしかしてこの肖像画、ドルモットが世界中に自分で配ったやつだったりしないか?


「オーガかよ」


 誰かが吐き捨てるように行って、ぺっと地面に唾を吐いた。

 取引所の空気が険悪になっていく。


 一部、険悪じゃないのもいるが、あれは外から来た商人だったりするんだろうな。

 地元民の村人は、基本的に亜人に対する悪感情を持っているようだ。


「毛皮と肉を交換に来た。布をもらいたい」


「ふん」


 対応したのは、おばさんだった。


「これだけある。布は何枚もらえる?」


「三枚だね」


 三枚?


「待ってくれ。少なすぎる。前は猪一頭で三枚だったはずだ」


「うるさいね。ここでしかあんたらと取引するような所は無いんだよ! 嫌だったら消えな!」


「だが、猪三頭ぶんの毛皮と肉で布三枚はおかしい……!」


 ブルストが呻く。

 実に悔しそうだ。

 これはボッタクられてるな。

 

 カトリナも不安そうだ。


「三枚あれば、なんとか一着くらい……」


 うーむ。

 ブルストもカトリナも、いいやつだな。

 だが、世の中はいいやつがむしられるようにできているのだ。


 この俺が、世の汚い奴は殴って粉砕せねば分からないということを教えよう。


「ぼったくりでは?」


 俺は素直な感情を口にした。


「は!?」


 おばちゃんが目を剥いて俺を睨む。


「なんだい、あんたみたいな若造が! この商売の何が分かるってんだい!!」


「王都の相場では、この量の毛皮と肉ならば一頭で布十五枚ぶんになる。相場魔法モウカリマッカー(俺命名)」


 俺たちの目の前に、光で描かれた今日の布相場が出現した。

 これは俺がボッタクられないために開発した魔法である。

 どんな場所でも、刈り取ったモンスターの素材を適正な価格で換金するためである。


 これを見せられてなおごねる奴はいたが、そういう奴とは穏健な話し合い・・・・で決着をつけてきた。


「こ、こ、こんな……こんなもんが信用できるかい!!」


「ほう? この村の相場は、王都よりも上位なのか? ほう~」


 俺はネットリとした口調で尋ねる。


「そ、そうさ!! 遠くにある王都よりも、この村のルールの方が絶対なんだよ!」


「それはいい事を聞いてしまったなぁ~。では、実際に王都の中央取引所の長、エンサーツを呼んで聞いてみようか。遠距離接続魔法コルセンター(俺命名)」


 俺の横に、四角い光の空間が生まれた。

 そこが透き通っていくと、一人の男の横顔を映し出す。

 スキンヘッドの巨漢で、傷だらけで強面、上質な革の衣装を身につけた男である。


「あっ、あっ、あっ」


 おばちゃんが口をパクパクさせた。

 取引所を運営する人間であれば、この男の顔を知らないはずがない。

 ハジメーノ王国にある全取引所を統括する、国王直属の中央取引所所長、エンサーツである。


 こいつに話をすると、俺の居場所が王に伝わるから嫌なんだよな。

 だが、ブルストとカトリナのためならば仕方ない。


「おいエンサーツ」


「あん? うおっ! コルセンターの魔法じゃねえか! てめえショート! 王と姫の顔を潰してどこ行ってやがんだ!」


「それには深いわけがあってな。一言では言えば約束を反故にされたわけだ」


「あ、そりゃあ良くねえな」


 エンサーツが急に俺に同情的になった。

 商売人にとて、約束……即ち契約とは絶対だ。


「それでだなエンサーツ。今日の王国の布相場を知りたい。猪の皮と肉がこれだけある。何枚になる?」


「おお! 三匹分じゃねえか。だが、肉は目減りしてるな。これで二枚ずつ減らすとして……布なら三十九枚が相場だな」


「ほう……。俺の見立て通りだ。だがエンサーツ。ここはとある村なんだが、ここの相場じゃこの猪三頭が、布三枚なんだそうだ」


「は!? なんだそのボッタクリは!! 遠隔地でも、相場情報の遅れによる誤差は許されてるんだが、そいつは誤差なんてレベルじゃねえぞ! ボッタクリをやったら布の相場が狂うだろうが! お前か!!」


「ヒギイ!」


 おばちゃんはエンサーツに睨まれて真っ青になった。


「そこはどこだ! 俺が直々に乗り込んで指導してやる……!!」


「や、やめてください村がつぶれてしまいます」


 おばちゃんがへこへこした。

 後ろで見ていた村人たちも、すっかり青ざめている。


「おやあ? 村の相場は、王都の相場よりも上なんじゃあなかったのかあ? おやおや、ここに記録魔法ウツシトールでさっき偶然記録した、このおばちゃんの映像が音声付きで……」


『ほう? この村の相場は、王都よりも上位なのか? ほう~』

『そ、そうさ!! 遠くにある王都よりも、この村のルールの方が絶対なんだよ!』


「あ”?」


 おっ!

 エンサーツ、キレた!


「てめえ……。首洗って待ってろよ。おいショート、あとでそこの情報送れ。それで陛下に報告するのは許してやる」


「おっ、それくらいで呼び出したのがチャラになるならお安い御用だ」


「お前には、悪魔神官だったドルモットをぶっ倒してもらった恩があるからなあ。お陰で王国は持ってるようなもんだ。だが、次は無いからな」


「おうおう。じゃあな」


 エンサーツとの映像が途切れる。


「え? は?」


 村人たちが呆然としている。

 後日、ここには王都の取引所からの監査員が入ることになるだろう。

 

「いやあ、口は災いのもとだなあ。気に入らない亜人相手だからって、不公正な取引を吹っかけたら地獄に落ちるのだ」


「ちょ、ちょ、ちょっと待っておくれよ、あんた」


 おばちゃんが真っ青を通り越して白い顔になりながら、俺に尋ねる。


「さ、さっき、ドルモット様が悪魔神官だなんて、そんな……」


「ああ。あいつは商売の方面から王国を攻撃してきた悪魔神官だった。もちろん、正真正銘の人間だ。ああいう偉人とされる連中の大半は、人間を裏切って魔王についてたんだよなあ」


「う、嘘だ!」


「そんなバカなあ!」


「人間が魔王軍に!?」


「ありえねええ」


 取引所に叫び声があふれる。


 事態の急変に、ブルストもカトリナも目を白黒させている。


「ど……どういうことなんだ、ショート」


「猪三頭が、布三十九枚になるだけだよ」


「わ、わーい。三十九枚もあれば、服がたくさん作れるねえ……」


 カトリナが喜んでくれて何よりだ。

 さて、帰る前に、俺は彼らに悪魔神官ドルモット討伐の記録映像を見せてやらねばならない。


 ちょうど、人間の姿のドルモットが悪魔神官に変貌するところから撮ってあるんだよな。


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